第23話 無実の証明1
とにかく5日だけ猶予がもらえた。
この間に、何としてでも無実を証明しなくては。と言うか、初めから疑われていた訳ではないので、無駄に新事実を発見しなくてはならなくなった。
「お姉ちゃん、エスターがお手伝いするよ!」
心強いことにエスターが手伝いを申し出てくれた。感謝の言葉を伝えれば、エスターは「命の恩人だもの」と笑ってくれた。情けは人の為ならずである。
「それよりルークスリア様のこと恨まないでね。ちょっと不安なだけなの」
「不安?」
「そう。ルークスリア様は幼い頃お父上を亡くされて、里長を務めるお母上と2人家族だったんだけど。最近そのお母上も亡くされて、最年少で長になったばかりだから。自分で問題に対処できないって思われるのが怖くて、あんな態度になっちゃうんだよ」
なるほど。まだまだ先だと思っていた里の長に急遽ならざるを得なくなり、そのプレッシャーからあんな頑なな態度になってしまっているのだな。
「ルークスリア様は弓の腕も里一番でさらにちょっとだけど魔法も使えるから、里のみんなはルークスリア様にとても期待してるんだ。ルークスリア様はみんなの期待に応えたいだけなの」
「優しい人なんだね」
「もちろん。だから、この問題が解決できること自体もルークスリア様は望んでるんだよ」
「そっか。それならなおさら解決しないとね」
それより調査は開始された。
一日目。まずは里のエルフへの聞き込みからだ。
色々なエルフに聞き込みをしてみると、返ってくる答えは共通点もなくどれもバラバラだった。
「一角狐が里の囲いを壊していった」
「私はスライムの群れが狩り中に襲って来て」
「のこぎりネズミが里の子どもの足を食いちぎろうとしたんだ」
どうやら特定の種族が暴れているのではなく、全体的に色々な種類の魔物が凶暴化しているようだ。正直、どんな生態系をなしているのかもよく分からないし、魔物全てが連動しているのが常識かどうかも分からないので考えようがない。
「やっぱり、外に出て直接魔物を見るしかないな」
「お姉ちゃん、エスターは里の外には出られないから・・・」
申し訳なさそうに首を垂れるエスターに心癒されながら、私は元気づけるようにその肩を叩いた。
「お姉ちゃんがゴブリン隊を倒してたところ、見たでしょ?心配しないで」
もちろん空元気ではあるが。
里の外に1人で乗り出すのは正直チビりそうなぐらい怖かった。今はイザークもいない。て言うかあいつどこに行ったんだ。
エルフの里は森の奥深くであるため、魔物も相当数出てきた。だがなぜか凶暴性は感じられなかった。
「『妨害氷縛』!」
聞いていた「一角狐」も「スライム」も「のこぎりネズミ」も全て接触したが、あちらから襲ってくることはどの個体もなかった。どちらかと言えばこちらの気配に気づくとどの魔物も逃げていくほどだ。
試しに一匹の一角狐を、足元を凍らせて捕縛してみたがこれで暴れるのは当たり前だ。うん。居たたまれなくなって氷を溶かして逃がしたが、エルフの証言通りの魔物はいなかった。この日は何の収穫もないまま終了した。
二日目。この日はネイトが訪ねてきた。
「上手くいってるか?」
「・・・」
元々イザークはネイトの記憶を読み彼自身のように振る舞っていた。なので、イザークが抜けた後でもネイトに違和感を覚えたりしないのだが、今の彼に私たちの記憶がないのかと思うと不思議と寂しい気持ちになる。
「全然手がかりがなくて」
「やっぱり知ってるって言ったのはウソか」
ネイトは私を昼食に誘い、午前中何の成果も得られなかった私はすごすごと食卓につくことにした。
「エルフの人が言うには、ちょくちょくと被害にあってはいるみたいなんだけど、共通点もないし規則性も見つからないし。本当に原因なんてあるのかな」
「確かに、元々人族領の近くばかりだったしな。今までの魔物被害は」
見た目シチューのような絶品料理を口に運び、しかし食べてみると香辛料のきいたピリ辛料理に驚きつつ舌鼓を打っていたら、気になることを耳にする。
「そう言えば、パーシヴァルたちも魔物の凶暴化は進んでるって言ってたな」
「それでもエルフ領で被害にあったって言うのは聞いたことがなかった。それまではエルフ領も、ご神木のご加護で守られてるって誇りにしてたくらいだ。まぁ、このご神木の生える場所は他種族からも昔っから聖域って呼ばれるしな」
「そうなんだ」
森や自然を大切にするエルフは大昔からこのご神木を信仰し、根を張る場所に家を建て暮らしてきたらしい。その守りのお蔭で今まで魔物の被害が防げているとエルフの人々は思っていたようだ。他種族もこのご神木については色々な神話みたいなものを信仰していて、この世界では聖域として崇める人が多いんだとか。
本日もエスターと合流してその辺りのことを聞いてみた。
「確かに、ご神木はとっても大切な木だって教わったよ。それに前までは被害もなかったからご神木の守りがあるお蔭だって老たちは言ってたな」
「そうなんだ・・・いつ頃から被害にあいだしたか覚えてる?」
エスターは「うーん・・・」なんて唸りながら腕組みをすると、思い出したように顔を上げた。
「そうか。だからルークスリア様は・・・」
「何か分かったの?」
「うん・・・」
エスターは言い辛そうにしながら、周りをキョロキョロと確認すると内緒話をするように耳元で囁き教えてくれた。
「魔物が暴れだしたのは、確かルークスリア様が里長になってちょっとしたらだったの」
「里長に?」
「そう。だからルークスリア様は余計に責任を感じてるんだ。自分がご神木の加護を得られないって思いこんじゃって・・・」
しょんぼりとするエスターには悪いが、ちょっと取っ掛かりが見えてきて私としてはその話、詳しく聞きたい。
「ルークスリア様が里長になった時のこと覚えてる?どんなことでも良いから教えてほしいんだけど」
「里の子どもたちはみんな喜んだよ。ルークスリア様は人気者だから」
少し話を聞いてみたけれど、目新しい話は出てこなかった。なので他のエルフたちにも聞いてみることにした。
「ルークスリアの就任は心配する者が多かったんだ。なんせ彼女は母親を亡くしたばかりだったから。しかし、彼女の母君はご神木の加護が特に厚いエルフだったんだが、まさか崖から転落死するなんて夢にも思わなかったよ」
「ルークスリア様は初め辞退しようとなされていたよ。でもそうすると、母君の弟である叔父君をこの里に呼び戻さなきゃならないって話になったから、絶対に自分がなるって言い始めてね」
「そう言えばルークスリア様が長に就任なされたら、人王から新しい長に挨拶したいって呼びたてられたな。それだけでも不愉快なのに、人王の息子との婚約を申し込まれたそうだ」
「もちろんお断りになったさ。ルークスリア様は気高いからな」
「ルークスリア様は長になられて以来、毎日ご神木への祈りを捧げているよ」
長の代替わりは大層慌ただしかったようだ。それもそうか。とにかく、その時期に何かあったんじゃないかと私は睨んでいる。一度ルークスリア本人にも話を聞いてみたいが、未だピリピリした空気が強くて話しかけることもままならない状態だ。




