第22話 ウォーレン老
ネイトの力がガクリと抜け、新たに男が姿を現した。私たちも初めて見る、イザークの本来の姿だった。ジークベルトと同じように皮膜の翼を生やしていて、尻には蠍のような尻尾が生えていた。爬虫類を思わせる鋭い三白眼がさらに細まり、注意深くウォーレン老を観察した。
「ウォーレン老!知己ではなかったのか!」
「私の弟子ですが、どうも身体を取られていたようですな」
気を失っているネイトを寝かせ、隙なくイザークと対峙する。イザークはジリジリと後退すると、ちらりとルークスリアを見た。彼女もすでに臨戦態勢に入っており、分が悪いと悟った様で突如、咆哮を上げた。
身の毛のよだつような声だった。その瞬間、イザークの身体は翼と尾は残したまま獅子へと変わる。突如出現した禍々しい姿にエスターが小さく悲鳴を上げ、ナイトが後退した。お前は知ってただろと突っ込みたいところだけれど、私も絶句である。
イザークは委縮した若いエルフの脇を通り抜けて外へと逃げていった。ウォーレン老のみそれに反応し、先ほど使ったばかりであろう弓を構えたが、すでにイザークは里から離れ森の彼方へと姿を消した後だった。
「さて、と」
しばらくイザークの消えた先を見ていたウォーレン老であったが、戻ってこないと確信すると、弓を下ろしこちらに振り返った。
「どういうことですかな、お嬢さん方」
円満な状態から一変して、大ピンチへと変わった。
***
私とナイトは今、エルフの里の罪人用の牢へと入れられた。捕まってしまうとか、人生でこんな経験をすることになるとはショックである。あの後、起きたネイトは私たちを見て曖昧な表情を見せた。そりゃそうである。ネイトと私たちはほぼ初対面くらいの関係だ。早い段階で身体を乗っ取られていたので、当然ネイトは私たちのこをほとんど知らない。
ルークスリアも友好的な態度から一変、こちらの言い分も聞かないまま私たちは牢獄行きとなってしまった。
「どうしよう、ナイト。元の世界に帰るどころか処刑とかされちゃうのかな?」
暗く冷たい牢獄の中で不安は高まり、ナイトに問いかける。イザークは逃げてしまったし、どうしたら良いのかさっぱり分からなかった。
「マーガレット、こういう時は冤罪を自分たちの力で解決するのだ。そうすれば、再び我々とエルフの親交は深まる」
「冤罪って、私たちとイザークがお仲間じゃないですよって?事実じゃない」
「・・・」
誤解があるとすれば、私たちは危害を加えるようなことは考えていないということだ。その誤解を解くためにはどうしたら良いのか。
「根気よく伝えれば、もしかして分かってもらえるかな。ルークスリアさんも、悪い人ではなさそうだったし」
「伝える機会があれば、だがな」
ジ・エンドである。打つ手なし。お手上げ状態とはこのことだ。魔族に狙われるどころかエルフまで敵に回してしまって、異世界ってついてない。助けを呼びたいところだが、荷物も全て没収されてしまったので、貝合わせも手元にはなかった。
夜は更け朝が来ても、私たちは一睡もできないままだった。
「マーガレット、ナイト」
体に限界が来て睡魔が少しずつ訪れた頃、ネイトとルークスリア、それにウォーレン老がやって来た。たった一晩であったにも関わらず私もナイトもぐったりとしてしまって、上手く反応を返すことができない。
「君たちの持ってた魔法道具で、パーシヴァルたちと連絡が取れたよ」
「え!?」
「3人が言うには、おかしい点は多々あるかもしれないけれど、決して悪い奴ではないって話だ」
そのおかしいっていうのは余計な情報なんじゃないだろうか。まぁ、きっとネイトが魔族に身体を乗っ取られていたなんて話を聞かされたら、パーシヴァルたちも混乱しただろう。
「しかし、そなた達が魔族と共にいたことは事実。正直、我々は今魔物の被害に苦心しておる。このタイミングで現れた魔族に不信感を否めず、そなた達のことも信用ができん」
ルークスリアは厳しい表情を崩さなかった。やはりダメかと思ったが、魔物被害の犯人という証拠が出た訳でもないので裁くことは憚れるらしい。
「申し立てたいことがあれば聞いてやるので、申してみよ」
全てはパーシヴァルたちの証言を聞き、話し合った結果なのだろう。ルークスリアが警戒は解くまでには至らないが、話を聞いてくれる気になったらしい。
「確かにイザークは、魔族です。それを知っていて、俺たちは彼といました」
「ナイト!?」
「マーガレット、こういう時はウソをついちゃいけないんだ」
正直に話し始めたことに驚いたが、誠心誠意を込めて事情を説明しようと決意したナイトを見て私も考えを改めた。そうよね、知らぬ存ぜぬで納得してもらえる訳でもないもの。
「でも魔物被害の犯人は俺たちではありません!別に真犯人がいるんです!俺たちはそれが誰かを知っています!そもそも、それを止めに俺たちはここに来たんです!」
そんな話は初耳なんだが?
ちょっと待って、ウソはついちゃいけないんじゃなかったの?
「これも主人公の宿命。俺たちを開放してもらえれば、必ずや貴方達を脅かす脅威を取り除いてみせましょう!」
窮地に陥ってるっていうことを、ナイトは分かっているんだろうか?
しかしこんなに自信満々と言うことは、これが異世界での鉄板的展開って奴なんだろうか?ナイトは自信満々に演説を繰り広げていた。
「・・・そうか。我々を助けに来たと、そう言うのだな」
ルークスリアの目がスッと細められた。室温が下がるような寒々しい雰囲気に、ナイトは気づいておらず「その通りです!」と意気揚々に答えている。
「良かろう。それでは問題解決のためのチャンスをやろう」
「姫、落ち着きなさい・・・」
ウォーレン老の仲裁も聞かず、ルークスリアは牢のカギを開けた。満面の笑みを浮かべて出ようとするナイトを押しのけると、私の腕を引き外に出して再びカギを閉めた。
「え?」
「ただし、チャンスを与えるのはこの娘だけだ。猶予は5日。それを過ぎて戻ってこぬようであれば疚しい心ありと判断してこの男の首を切り落とす」
どこのメロスさんですか?
呆然とするナイトを残し、私は牢の外へと出された。
「姫、お戯れも大概になされよ」
「老は黙っておれ。時に娘よ」
ルークスリアは普段は青く澄んだはずの瞳に不釣り合いの怒気を灯していた。
「我が里を守りたいとは、人族の者は誰も彼も同じことを口にするな。余所者が口出しをするなど不躾にもほどがある」
それは初めこの里に来ていた人王からの使者のことだろう。あの時も烈火の如く怒っていたのだ。今はその比にならない。
「精々己の無実を晴らすため、これ以上私を失望させてくれるでないぞ」
取り付く島もなくルークスリアは去って行ってしまった。残ったウォーレン老はため息をつき、私の荷物を返してくれた。
「娘よ、我々はお主達が害なす者とは思っておらん。先ほどはそう結論付け、最後にお主達から話を聞いて釈放にしようと考えておったのじゃが」
「で、でもさっき信用できないって・・・」
「牢に収容してしまったので、建前でな。しかし今、我らが姫は魔物被害でいきり立っておる。あの発言は失敗であったな」
全てが逆効果で最悪の方向に事態が向かっているようで、私は眩暈がしてしまった。




