第21話 ラスタリナ
少女はエスターと名乗った。
「ちょっと家から離れて森に出たら、遭遇しちゃって。最近、この森の魔物も凶暴化してるの。そのせいで今、外を出歩くのは大人が良いって言ってくれないとダメなの」
「今日は良いって言ってもらってたの?」
「実は黙って出てきちゃったの。きっと怒られちゃう」
しょんぼりと落ち込むエスターは神聖なエルフっていうよりも近所のお子様って感じがする。ナイトはまたがっかりしているようだが、一体どんなナイスバディをご所望なのか。
私たちがラスタリナに用があることを伝えると、エスターは喜んで案内を申し出てくれた。ネイトの記憶の中にも行き方に関する情報はあるようだが、随分昔で分かりづらかったらしいし、丁度良かった。
「エスター、もっと外に出たいの。弓で狩りの練習だってしたいし。同年代の子はみんなできるのに、エスターだけできないんだよ」
よく見ればエスターは弓を背負っていた。こんな小さな頃からエルフは弓の練習をするのか。ちょっと危険ではないかと心配してしまうのは民族の違いということなのだろう。
道案内を申し出てくれたのは良いが、エスターは道なき道を進んでいった。元々この森深くに道などは存在しないのだが、それでも険しいところばかり敢えて選んでいるのではないかと疑ってしまう程だった。
「こうやって行く方が近いの」
なるほどこの森に元々住んでいる民族は違う。イザークは簡単に着いていくが、私もナイトもヘトヘトである。何度「もう着くから」の言葉に騙されたことか。
「ほら、着いたよ」
「うわぁ・・・」
そうして着いた先は、とても開けた明るい場所だった。真ん中に大木があり、周りを湖が取り囲んでいる。橋のように根が張り湖を跨いでいて、周辺には木でできた小屋がいくつもあった。ここがエルフの里なのだ。幻想的な美しいところだった。
「あ、ルークスリア様が・・・」
里の中に進もうとすると、何やらいざこざがあるようで入り口付近で揉めている。エスターの呼んだルークスリアという人物は、その中心で怒っている女性のようだった。
「ですから、私どもとしてはこちらの里を心配してご進言さしあげているのです。人王も心配しておいででした。今回も、幼い里の子が行方不明とか」
「何度も言わせるでない!我が里の治安は我が里にて維持するのだ。人族風情にそのご進言をいただかなくとも結構だ!」
「ですが、子供たちをいつまで里の中に縛り付けておくおつもりですか?いつ止むかも分からない魔物の凶暴化を、ただ黙って通り過ぎるのを待つようでしたら子供たちが犠牲になると言うもの」
美しい女性は絹糸のように輝く長い髪を払うようにかき上げ、どこか胡散臭い人族らしき3人の男たちに侮蔑の視線を向ける。
「人王からの使者だと申すので里まで通したが、このように里の問題に首を突っ込み無礼を働くようであれば容赦はせぬぞ。即刻立ち去れ!」
美人が怒ると恐ろしい。男たちは「また日を改めて伺います」と頭を下げると、里から去っていった。
「ルークスリア様」
「エスター・・・」
やっとこちらに気付いたルークスリアは、エスターを見つけるとつかつかと歩み寄ってきて、何か言葉を発する前にエスターの頬を張った。
「ぎゃん!」打たれてないのにナイトが自分の頬を抑えた。
「何故打たれたか、分かるか」
「はい・・・」
「この者たちは?」
「魔物に襲われているところを助けてもらいました。ウォーレン老のお知り合いの方たちのようです」
ウォーレン老とはネイトの弓の師匠だ。ルークスリアはエスターとの話が終わるとこちらに向き直った。
「我が里の子を助けていただき、礼を言う。ウォーレン老の知古とのことだが、老は里の外に出ていて今はいない。戻るまでゆっくりとしてくれ」
凛とした佇まいでそう言うと、エスターに「案内してさしあげろ」と伝えルークスリアは去っていった。
「ルークスリア様、お美しい。なんて気高いお人なの」
先ほどは近所のお子様と思ったが、ルークスリアを慕う今のエスターはまるでアイドルグループの追っかけのようだ。ちなみにエスターと同じく至福の表情でその後ろ姿を見送っているのはナイトなんだけど爆ぜてしまえ。
「ルークスリアさんは、この里の偉い人なの?」
「はい。ルークスリア様はこの里の長です。歴代最年少でこの里を治めています」
エスターは入り口に一番近い集会所のような建物に通してくれた。何だかエルフの里に着いたって実感がいまいち湧かなくて、ナイトなんかは窓の外をエルフが通らないかと覗いてばかりだった。
しばらく経ち、またルークスリアは現れた。
「お客人よ、もてなしもままならなず許してほしい」
ルークスリアが来るだけでナイトもエスターもデレデレである。確かに、美しく精錬で、出るとこ出て引っ込むところ引っ込むのスーパーモデル体型のようなお姉さまを相手にしてはこうなるのも致し方がないかもしれないが。
「先ほど里の若い者から連絡が入った。ウォーレン老は所用で里の外に出ておったのだが、客人が訪ねてきていると報せを聞き、今は晩餐用の獲物を捕まえてから帰るようだ。今晩の内には帰る故、待たせてしまうが良しなに頼む」
「大丈夫です。お気遣い感謝します」
堅苦しいような言葉にドギマギしながら返すと、ルークスリアは少し質問は良いかとネイトに尋ねた。こちらとしては別に問題ないのでそこにあった長机をみんなで囲い席に着いた。
「ウォーレン老も来ぬ内に不躾ではあるが、どの様なご用件で我が里を訪ねられたのだ?」
「実は、ちょっとこの近くで探し物をしてまして。森を荒らすようなことはしないので、暫くここに滞在させてもらいたいんです。里がダメであれば、森に野宿するので、里の近くではありますがお許しがいただければと思いまして」
「なるほど。いや、ウォーレン老の知己を追い出したりとそんなことはせぬぞ。そうであれば、いくらでも滞在していただいて構わない」
良かった。万事上手くいって良かった。その後もルークスリアと談笑し、エルフの里のことを教えてもらった。
中央の大木は、所謂ご神木だそうで先祖代々このご神木を守るのが使命だとか。言い伝えでは「その根は全てに通じる道となる」と言われていて、その根をつたえば真理に辿り着けるんだとか過去未来に行きつけるとか不思議な世界に迷い込むとか色々な説があるようだ。
また、そのご神木が浸かる湖の水は澄んで美しく、美酒も叶わないほどの名水で、この里の名物品なんだとか。
ちょっとした旅行気分で話をしていたら、外が騒がしくなった。
「ルークスリア様、ウォーレン老が帰られました」
「うむ。ではこちらに通せ。ルークスリアもいると伝えよ」
伝令の若いエルフが連れてきたのは、白い髪に長い髭を生やした老人だった。エルフは元々長寿で、20代から30代の見た目の期間でいるのが長いらしい。そうしてかなりの老齢になると急激に老けるそうだ。つまり、この老人は相当な長寿ということになる。
「姫、戻りました」
「老、よくぞ戻った。そなたの客人が来ておるぞ」
老人はこちらに目を向けるとニコニコと人の好さそうな笑みを浮かべ、今日の獲物らしい大きな鳥を2羽置いた。
「私の客人が訪ねてきていると聞き、晩餐のための鳥を取ってきたのだが・・・」
ネイトの近くまで来て、友好的に肩に手を置いたかと思うと、老はするりと流れるような速さでネイトの腕を後ろに回し拘束してしまった。
「ネイトではないな。お前さん、誰だ?」
ウォーレン老の瞳は鋭くギラリと光った。




