第17話 帰還の決意
異世界なんて話、信用ならないからしたくないんだけれど、やはりパーシヴァルたちに一度相談するのが良いだろうか。先輩冒険者たちなら何か分かるかもしれないし助けてもらえるかもしれない。最悪、一緒に行動すると巻き込んでしまうかもしれないから、離れる必要も考えなくてはならないし。
「私、宿に戻るよ。ナイトが聞いてくれないんなら、パーシヴァルたちに相談する」
「あーあー、お好きにしてくださいよ。役立たずの俺なんかの意見なんて気にしない方がいいですよ」
神経逆なでするような喋り方に苛立つけれど、こんなことに時間を費やすのだって勿体ない。先ほどはナンシーがいてくれたから撃退できたけれど、今度また襲われたら対処できないかもしれないのだ。ナイトを置いて宿に戻る決意をして、串焼きをたいらげた。
「待て」
だけど同時に制止され、その声の主にも驚いてしまった。
「ネイト?」
「聞いてたの?」
「パーシヴァルたちに話すのは待て」
普段通りのクールで表情の読めないネイトがそこには立っていた。全く気付かなかったのだが、今までどこにいたのだろう。
「話がある。着いて来い」
有無を言わさない物言いに、私とナイトは異を唱えることもなく後に続いた。一体どこに行くつもりなのかと様子を窺っていたら、一軒の宿に入った。
その宿は今泊まっている宿よりもキレイで明るかった。中にいる宿泊客と思しき人たちもグレードの高い装備をしていたり装いをしている。
「しばし部屋を借りたい」
「1人一泊銅貨8枚だよ」
ネイトは今の宿代の2倍の値段を聞いても動じず、懐から準銀貨を5枚取り出すとカウンターに出した。
「一部屋頼む。あと、できれば左右の部屋に人がいない方が良い」
「・・・少々お待ちください」
しばらくして部屋は貸し出された。泊まっていた大部屋とは違い、個室だった。ベッドもきちんと3人分置いてあり、埃っぽさは少しもない。
「他人に聞かれると困るからな」
ネイトはベッドに腰を下ろすと、私たちにも座るよう促した。ここの宿代ってネイトのポケットマネーだろうか?準銀貨5枚を平気で支払うなんて、ただ事じゃない感じがする。
「魔族に会ったのか?」
「あぁ。まあ・・・会ったというか、会ってたというか・・・」
やはり話は聞かれていたらしい。賑やかな中央広場だったので、話をしてても誰かが気にすることもないだろうと思っていたのだが、浅はかだったようだ。でも、こんなネイトみたいに一部屋借りるなんて余裕もなかったし・・・
「2人は狙われてる。元々、2人をこの世界に呼んだのも魔族だ」
「え?」
「いや、この世界に来たのはナイトが適当な魔法陣を作ったせいで・・・」
突然ネイトが言い出したことに戸惑い、私は否定したけど自分で言った言葉に自分で疑問を感じた。普通の男子高校生がお遊びで描いた魔法陣が偶然異世界と繋がっちゃいましたって、それこそおかしいんじゃないか?
「当然、何の土台もなしに適当に作った魔法陣で空間が繋がる訳がない。ブルクハルトがナイトに教え込んだんだ。覚えてないか?」
ネイトがナイトに視線を向けたので私もナイトを見る。驚いた表情でナイトは少しずつ語った。
「夢を見てたんだ、ずっと小さい頃から・・・魔物とか、剣とか、魔法の・・・夢の中で、魔法陣をいくつも見た。そんな世界があるんだって周りの誰に言ってもウソだってバカにされて・・・だから、あの日舞を呼んで魔法陣を試したんだ。正直、自分でもできるとは思ってなかった・・・」
そんなことがあったなんて知らなかった。ただ空想の話をして厨二病拗らせてるだけだと思っていたけれど・・・夢を見ていた?
「ブルクハルトが異世界を超えて干渉するには夢を弄るくらいが限度だったんだろう。何年もかけてナイトに魔法陣を積み重ねて蓄積させ、力を貯めたんだ」
「ちょっと待って。何なのその話?なんでネイトにそんなことが分かるの?」
淡々と「これが真実です」みたいな種明かしをされているけれど、素直に飲み込めない。元の世界にいた時から魔族に干渉されていて、しかも私たち2人をこちらの世界におびき寄せることが目的だったってこと?まんまとそれにハマって私たちは異世界トリップをしてきたというのか。
「俺はネイトじゃない。魔族だ」
色々とキャパシティーオーバーになる脳みそをフル回転させていたが、その一言で反射的に体が動きネイトとナイトの間に入った。ナイトを背中に庇い、ネイトを威嚇する。
「俺はお前たちを傷つけない。名をイザーク。ブルクハルトに言われお前たちが死なないように見張りに来た者だ」
「死なないように?」
命を狙いに来たんじゃなくて?
「そもそも、お前たちを呼び寄せたのは、魔王復活のための儀式を行うためだ・・・ブルクハルトがな。そのためにマーガレット、お前の血が必要らしい」
「また血かよ!純潔の血大好きだな!」
「いや、必要なのはマーガレットの血であって純潔は関係ないらしい。純潔が関係してくるのは転移魔法陣の方だけだ」
転移魔法陣っていうのは、私たちがこっちに来るために使ったあの深淵の常闇のことか。
「転移魔法陣で大事なのは、行き来で条件をなるべく同じにすること。捧げたものが純潔の乙女の血であるならば、帰りも同じく捧げ物は純血の乙女の血でなければならない」
「よくご存じですね」
「ブルクハルトからある程度の事情は聞いてきてる。新たに行う儀式ではマーガレットの血さえ手には入れば問題ないので、純潔の血でなくて良い」
「そうか、分かった!つまり、ブルクハルトって魔族はマーガレットに逃げられたくないからマーガレットの貞操を奪って転移魔法陣を使えないようにしたいんだな!」
ナイトが後ろで分かったぞなんて叫んでいるが、その内容にゾッとする。意味の分からない理屈こねて人の初めて奪おうとしてるとか、どこの変態野郎だ。
「ああ。そうやって自分に従う魔族に指示をしている。けど問題ない。魔族は元々先の戦争で生き残りも僅かだ。それにブルクハルトは魔王なき今、現魔王城代理管理者ではあるが従うべき主ではない。言うことを聞く魔族もまた僅かだろう」
メチャクチャな話である。どこから突っ込んだら良いのか分からない。この件の成功率をどのように見積もっているのかその魔族に聞いてやりたい。
「でも、何でイザークは俺たちを死なないよう見張ってるんだ?」
「ブルクハルトは魔王城の管理のために城から離れられない。俺は協力するつもりは無いが、罪なき異界から来た者が無意味に死を遂げるとなると見過ごせない」
良い奴か!
「ただし状況が変わった。マーガレットが襲われたのであれば、身の危険もある。魔王復活はこちらの都合だ。お前たちはもう元の世界に帰った方が良い」
イザークは本題としてそう切り出した。そのために支援もしてくれるようだ。
「ナイト、帰ろう!ここにいても危ないし。冒険者だって、私たちにはちょっと難しすぎるよ。イザークが助けてくれるなら、深淵の常闇もすぐに見つけられるよ」
私はこの提案に乗ることにして、ここぞとばかりに畳みかけた。ナイトは初め渋い顔をしていたが、やがて折り合いを付けたのか頷いた。
「マーガレットがそこまで懇願するのなら仕方ない。俺は魔族なんて怖くはないが、帰ってやるとするか」
「よし、決まりだね!絶対よ!」
良かった。ナイトが折れてくれさえすれば後は障害なんてこれっぽっちも無い。




