第12話 ビギナーの依頼2
依頼は昼夜逆転の生活になった。夕方頃にお店に行き、夜明け前に仕事を終えて宿屋で就寝。本来高校生の私たち2人はこんな仕事、労働法違反も良いところだと思う。
パーシヴァルたちは私たちがこの依頼をこなしてる10日間は冒険に出ることになった。なので宿屋に帰った時に寝ているみんなを起こすとかそういう心配はなくてよいのだが、それにしたって健康に悪い生活だ。
しかも結局、内容はあまり難易度も高くなく雑務ばかりで拓郎は騙されたと憤慨していたのだが、そんなことを言っていられたのは2日目までだった。
「マーガレット・・・」
「・・・っはい、何でしょうか?」
バックヤードで荷物の整理をしていたら、ナンシーが小走りにやってきた。重い木箱を移動させているところだったので、一度床に置き直す。
「中、大変。来て」
「え?」
連れられて行けば、中は大混乱だった。
「うるせええええ!金なんざ払わねーよおおお!」
「お客様、落ち着いてください!」
「ニーニャちゃんと結婚するんだあああ!」
「何これ・・・」
どうやら客が1人暴れだしたらしい。ジークベルトはニーニャちゃんを控室に移動させたようでその場にはいなかった。グラスがバリバリに割れて、椅子やテーブルがなぎ倒されている。惨憺たる状態だった。
「ちょっと、止めてください!」
とりあえず仕事を全うすべく、男の前に躍り出る。と言っても、見た目成人している男性が相手っていうのは怖いもんだ。
「俺はニーニャちゃんと結婚するんだ!婚約者と会うのに金取るって、どういう了見だ!」
「婚約者云々は別にして、ここはお店です。払うものは払ってもらって当然です」
「うるせえ!ニーニャちゃんを出せえええ!」
完全に怒り狂っていて話し合いは不可能。良い歳した男がふざけんなよ!
「とにかく止めてください!忠告はしましたよ!確保します!」
「ああん!?」
「自分のマナーのなさを恨んでくださいね!『照明点火』!」
男の肩口を掴んで顔をこちらに向かせて、すかさず目の前で光度の高い『照明点火』をお見舞いする。男は不意を突かれて「ぐあっ」とくぐもった声を出して目を抑えた。
「ナイト・・・はダメか。あ、ジークベルト、抑えてください!」
助けを呼ぼうと振り返ったが拓郎は倒れたソファの影に隠れてこちらの様子を窺うばかりだった。裏から戻ってきたジークベルトに取り押さえてもらって、男の身柄を確保した。
「さて、それじゃ諸々について裏でじっくり話をさせてもらいましょう。他のお客様がたにはご迷惑をおかけしました。お飲み物サービスさせてもらいますんで。申し訳ございません」
とにかくグチャグチャになった床なり机なりを元通りに片付け、他のお客様がたにはサービスのドリンクを提供してその場は収めた。最も、どうやらこの獣キャバではよくあることのようで、常連さんたちは逆に酒の肴にして騒いでいるようだった。「俺はここでの乱闘シーンを見たいがためにここに酒を飲みに来ていると言っても過言じゃない」なんて笑いあっている。
「乱闘なんてこっちの損失が酷いから、なるべくしたくないんだけどな。だから、用心棒って言うのはそういう良からぬ輩が中に入るのをあらかじめ追っ払うためにやってもらうんだよ。こうやって中まで入りこんじゃうのは稀なんだけど」
しょっちゅうあることなのかと、後から話を聞けばジークベルトは飄々とそう答えた。それでも起こってしまう乱闘騒ぎを面白おかしく見物する客がいるのには、ここの従業員の特質が原因らしい。と言うのも、獣人族っていうのは、魔族、人族、魚人族、エルフ、ドワーフなどの種族の中では一番身体能力が高い種族なんだそうだ。戦える強い女の子が好きっていう男の人は一定数いるようだ。
「ならキャバ嬢自身が追っ払えば人件費を無駄に使わなくて良いんじゃないの?」
「人件費はかかんなくても衣装代が毎回ムダになるんだよ。それに、彼女たちはあくまで嬢であって用心棒じゃない」
なるほど毎日ドレスを破り捨てるのは勿体ない。
その日は何とか終わったが、数日するとそういう手合いに何度も遭遇した。表に立っている時に絡まれてそれを追っ払うのが大体だった。拓郎はチキンで役に立たないので中で雑務をこなしてもらっているが、私は表で用心棒としてジークベルトの横に立っているのがほとんどだった。初級魔法を騙し騙し駆使してなんとか追っ払っている。
「冒険者になろうって人にこれ言ったら失礼に当たるんだろうけど、女の子なのにすごいね。一般人とはいえ自分より図体のでかい男相手に頑張ってるんだから。尊敬するよ、マーガレット」
正直、私も女の子にこんな役割を宛がうのはどうなのかと思ったが、これがこの世界での冒険者という仕事の認識なのだということは早い段階で理解した。荒事に冒険者は男も女も関係ないらしい。それでもジークベルトのように褒めてもらえると嬉しいものである。特に見た目も爽やかで整っている男性からこんな賛辞をいただけば照れるのは当たり前だ。こしょばゆい。
「今、従業員の募集かけてるから。君たちがいる内に新しい奴を入れられると思うんだ」
ジークベルトは愛想よくそう笑うとまた客引きに戻っていった。まあ、私も一般人くらい何とかできなければ魔物相手に戦えないだろうと思っているので、このくらいのことは頑張ってこなしてみせる。
全ては深淵の常闇に辿り着き、拓郎と一緒に元の世界に戻るためだ。ただの女子高生である私がこんなことができるのも、全てはこの思いがあるからだ。
***
6日が過ぎ、依頼の日数も折り返しを過ぎた。その日は買い出しを仰せつかって、私は久しぶりに店が並ぶウェスト・ストリートに来ていた。頼まれものはメモを渡されても読めなかったので自分で書き留めたものだ。日本語なんて見たこともないだろうから自分で考えた暗号だと説明しておいた。
色々なものをメモしたが、メインとしてはどうやら以前男が暴れた時に割れてしまった花瓶の代わりがほしいらしい。なるほど客商売ではそういった装飾品と言うのにも気を使うものなのか。場所も教えてもらっていたので、一直線にそちらに向かう。
「マーガレット」
もう少しで店に着くと言うときに、後ろから声を掛けられた。驚き振り返ると、なぜかジークベルトが追いかけてきていた。
「どうしたんですか?お店抜けていいんですか?」
「今日は他のボーイもいるし。それより、お金渡し損ねてたから」
ジークベルト自身が来てしまうなんて、お使いの意味を考えざるを得ない。しかし本人は「息抜きもたまには必要」なんて言いながら結局一緒に行くことになった。
ガラス細工の店は心躍るものがあった。美しく繊細なガラス細工はこっちの世界でも変わらないものだ。どんな形のものでも良いと言うで、自分が一番気に入った商品を買わせてもらった。
さてはて用事も終わり店を出ると、店先を見学しながらブラブラと通りを歩いていく。正直初めて通るので面白い。食材を売っていたり工具を売っていたり漢方を売っていたり。様々な店が乱雑に並んでいるようだった。
「ゾンネンブルーメは面白い町ですね」
「そうかな?気に入ってもらえて嬉しいよ」
雑談をしながら歩くと、次は薬問屋が近いのでそちらに入った。胃腸用の薬って、店側が常備するものなのかとちょっと笑ってしまった。
「マーガレット、これ」
「え?これは?」
店を出たところで渡されたのは小さな小瓶だった。いつの間に買ったのか。中にはサラサラとした粉が入っているようだった。
「これから冒険者になるんだろう?これ、中身は魔除け薬なんだ。この町では旅に出る人に、お守りとして贈るのが流行りなんだよ。無事に過ごせるように、俺からの餞別」
ジークベルトの笑顔は、最高に眩しかった。




