第11話 ビギナーの依頼1
2日過ぎて、私と拓郎は冒険者ギルドを訪れた。
「お待たせいたしました。以前の依頼が審査を通りましたので、正式にお2人に依頼を通させていただきます。エイブラハム様直々ご指名の依頼ですので、気を引き締めて任務にあたってください」
お姉さんは以前と同じように表情を変えずに必要事項を伝えてプレートを渡してくれた。何て書いてあるか分からないが、このプレートが今回の依頼の詳細が記されているのだろう。
お姉さんからの詳しい説明をもらったが、依頼の内容は予想外の場所で行われることになった。
「またここに来ることになるとは…」
「拓郎、またってなに?」
獣キャバの裏手に周り、表の煌びやかな雰囲気とは真逆の陰湿で寒々しい関係者通用口を前に、私は責めるように拓郎を睨みつけた。こっちは全て知ってるんだけどな!
「いや、何でもないから、とにかく中に入ろう」
「あれれぇ?お客さまですか?」
誤魔化そうとして通用口に手を掛けた瞬間に、鈴を転がすような可愛らしい声が背後から届いた。
突如声を掛けられて振り返ると、なんとまぁ可愛い猫耳の女の子。見たことあるな。確か表の看板に一番でっかく写真の載ってた女の子だ。謳われていた通りに、どことは言わないが、たわわなものをお持ちだ。
「ごめんなさい。こっちはお店の人しか入れないの。表に回ってもらえますか?」
さすがNO.1は違う。キラキラとしたオーラを出して首を傾げ、さらにたわわなものもユサユサっと揺らすもんだから、女性どころか他人に対して耐性のない拓郎では太刀打ちができない。
「いいいいややややや…すすみません…僕たち、あの、冒険者ギルドからいらいらら依頼でお手伝いにきき来ました…」
「あぁん?」
拓郎の話を聞いた途端、声が何オクターブも下がった。営業スマイルからの落差に、拓郎はビクリと体を震わせている。先ほどまでの可愛い女子の面影はまるで無く、眉を顰め顔を歪めると、女の子は荒れた口調で吐き捨てた。
「んだよ客じゃねーのかよ!愛想振りまいて損したっつーの!中入るんだから邪魔だ、どけよ!」
猫娘は拓郎を突き飛ばすとズンズンと中に入ってく。私も拓郎もその背中を見送るしかできなかった。
「あーらら、ニーニャってば店の周りであんまり本性晒すなって言ってるのに」
空いた通用口の方に、以前のボーイが立っていた。もちろんショックを受けて固まっている拓郎は役に立たないので私が挨拶することにした。
「本日より10日間、お店のお手伝いの依頼をギルドより受けてきました。よろしくお願いします」
「あれ・・・?」
一度、ボーイは驚いた顔をして固まった。多分、私に見覚えがあったんだろう。あんなことはできれば忘れてもらいたいんだが。しかし、さすが接客業とでも言うのか、ボーイは無駄なことを蒸し返したりはしなかった。
「オーナーから聞いてるよ。ちょうど雑用の子が1人バックレちゃったところだから、助かる。俺が2人の世話役だから、何かあれば言ってね」
ボーイはジークベルトと名乗った。
「とにかく一回、みんなと挨拶しようか。呼んでくるから、待ってて」
ジークベルトは従業員を一通り集めてくると、一列に並ばせた。その前に並ぶと、正直緊張する。元の世界でもバイトをしていたが、初日の面通しは同じようなものだ。人見知りの拓郎は真っ青。
「今日から用心棒兼雑務の手伝いをしてもらう、ギルドからの冒険者だよ。みんな覚えておいて」
始礼の最初に紹介をしてもらって、私と拓郎は頭を下げた。
従業員の方々は獣キャバだけあって猫とか狐とか兎とか、様々な耳とか尻尾がついていた。付け根の部分がどうなっているのか、ぜひ解明したいものである。
仲には拓郎に見覚えがあるらしく、手を振ってくれる者もいた。
「じゃ、開店準備だけよろしく。もうすぐだからみんな、遅れないように」
私と拓郎はまず、掃除からだった。
もちろん拓郎は不満げだ。こんな雑務を望んでいた訳じゃないとぶつぶつ言っているが、私はよかった。いきなり戦えなんて言われたってムリだ。チャドに最近暇なときはトレーニングをお願いしたが、まずは体力作りからしないとお話にならないと言われたくらいだ。今は筋トレと走り込みが主なトレーニング内容だ。
「2人はエイブラハム様の依頼で来てくれたんだってねぇ」
掃除中に話しかけてきたのは見たことのある子だった。
「ナイトくん覚えてるよぉ。この前は指名ありがとねぇ」
「ミラさん、しーっ!」
ミラだ。確かチャドのイチオシ少女。
「冒険者ってカッコいいねぇ。エイブラハム様からの依頼なら、とっても大切な依頼だと思うしねぇ。応援してるから、頑張ってねぇ」
どうやらこの子は裏表とかは無さそうだ。先ほどのニーニャは本当に顔の整った可愛いタイプの女の子だったが、ミラはほんわかした雰囲気で、癒されるタイプだ。
他の獣娘たちが開店に向け最後の化粧直しをしているというのに、ミラは必要ないらしい。と言うよりも、そういうのに疎いのであろう。
「私もねぇ、一族からの使命がなければねぇ。冒険者とか、憧れちゃうんだけどねぇ」
「アハハ。ミラさんが冒険者してるところなんて、想像できませんよ」
「てか、使命?」
「ちょっとミラ!あんたまた化粧直しもしないで客前に出るつもり!?」
拓郎はミラになら少しは肩の力を抜いて喋れるらしい。私としては気になる単語が耳に入ったのでオウム返ししてしまった。しかし、ミラが何かを答えたりする前に怒り心頭の猫娘ニーニャがミラの肩を掴み振り向かせた。
「ニーニャちゃん、大して変わらないと思うよぉ」
「ダメだってば、接客業よ?顔、油も浮いてきてるし。直してあげるから控室行くよ・・・あんたたちは、しっかり掃除終わらせておきなさいよ」
ニーニャはミラの腕を強引に掴むと控室の方へと連れて行ってしまった。なんだってあんなに目の敵にされるのか分からないが。
掃除が終わり、今が何時かこの世界では分からないが夜空に星が瞬き始めるころ、店は営業を開始した。私は表で、ジークベルトの呼び込みの隣で用心棒として控えている。正直、女の私が表に立つのってどうなのか?
「お、姉ちゃんがお酒一緒に飲んでくれんの?」
「私は人族だから、このキャバのコンセプトに合わないんです。ただし、中には私よりも魅力的な獣娘たちがご来店をお待ちしてます。損はさせません」
「お姉ちゃんより魅力的?そりゃ一体何カップの持ち主なのかなぁ?」
酔っ払いなどどの世界も同じである。花の女子高生にセクハラ行為とは良い度胸だ。ただし、今は私も依頼を請け負っている身。下手なことはできないから歯がゆいものだ。
「いやいやいや、お客さん。この間来てくれた人でしょ?覚えてますよ」
「あん?なんだ?」
不快な気持ちを腹の中に収めつつ耐えていたら、ジークベルトが馴れ馴れしく男の肩に腕を回した。さりげなく私と男の間に割って入ってくれたジークベルトは悪戯っ子のように声を潜めた。
「この間来てくれてから、ニーニャのやつがちょくちょく話題に出すんですよ。また来てくんないかなって・・・いやぁ、あんなニーニャを見るのは珍しいな、と」
「ほ、ほう・・・」
そうやって私にはすっかり興味をなくした男は、ジークベルトに誘導されるがままに店の中へと入り込んでいった。どこの世界でも、男っていうやつは・・・




