「嬉しくて、悲しくて、寂しくて、安心して」
最近、世間的にも百均の商品を自分なりにアレンジしてオシャレなインテリアにすることが一般的になりつつある。芸能人がテレビ・雑誌での百均DIYのコーナーを持っていたりする。“整理収納アドバイザー”が一般のおうちに行って、片付けられない部屋をきれいにするようなコーナーもある。そのときに大掛かりな家具を用意しなくても、カラーボックスやスノコを少し改良することで、場所をとらずオシャレに片付けていた。
あたしはその手の番組が大好きでDVDに録画している。彩世ちゃんが月一で買ってくる雑誌にもモデルさんが百均DIYするコーナーがあるので一緒に見せてもらっているし、参考にしている。
あたしの家の近く、下校時に少しだけ路を外れた商店街にも百均がある。もともとナチュラルテイストな木箱やアンティーク調の飾りを多数取り揃えている大手、ダリアだ。あたしの第二の住処、あたしの第二の天国だ。第一の天国はもちろん彩世ちゃんの隣。
今日はサラちゃんと一緒にダリアで寄り道をしていた。下校時の寄り道は推奨されていないが、学習用品の購入にはその限りではないはずだ。ちょうど消しゴムがなくなりかけていたし、サラちゃんも図工用のスケッチブックを趣味に使ってしまった故の寄り道だ。そのついでに色々と見て回ったり、入用なものを購入するだけ。もし先生に見つかっても、そう言おうと思っている。
本音を言えばお互いに趣味のものを買いにきただけ。あたしに関しては百均にくることが趣味のようなものだ。昨日のテレビ番組で見た、木箱を使ったディスプレイアイデアを実物大で試してみたいのだ。
「いらっしゃい。寄り道?」百均のマークが入った緑エプロンのお姉さんが声をかけてくれた。顔見知りのアルバイトの店員さんで、名札には“あさの”と書いてある。なにかと声をかけてくれて商品のことを教えてくれる。今年から大学生になって遠くの大学に通っているらしい。
「ち、違うの。消しゴムがね、もうすぐなくなりそうだから……」
「ここは木工コーナーよ。文房具はあっちの11番通路です」
「ぅぅ、あさのさんのイジワル」
「うそうそ、ごめんね。ゆらかちゃんが可愛いから、つい意地悪をしたくなるの」
そう言ってあさのさんは笑って見せたけど、顔色はあまりよくなかった。去年から比べて痩せたような印象はあるし、眼が赤みを帯びていた。
「あさのさん、なんだか辛そう。大丈夫? ちゃんとご飯食べてる、ちゃんと寝てる?」
「ん? 大丈夫よ、元気元気。今日はお化粧してないからかな。今度はちゃんとしておくわ」
やっぱりどこか空々しく感じる。泣きたいのに、ずっと我慢しているみたいに。あたしには悲しいことをずっと押し隠して笑っているように見えた。
「……そうだ。ねぇ、見て見て。あたしの一番の自信作なの」
スマホから画像データを呼び出して、画面いっぱいに広げて見せた。先週ダリアで買物をしたときに作った小さい棚を写真に収めた物。“口”の形の木箱三つをクランプで段違いに、不規則に固定しただけのもの。“口”の中には同じくダリアで以前購入したブリキのジョウロや腕時計なんかをディスプレイしている。箱が三つとクランプ(二つで1セットだった)で、合計は四百円と消費税。
「あ、すごーい。これゆらかちゃんが作ったんだ。この前買って行ってくれてたね。なんだか嬉しいな」
「えへへ。他にもあるの、めくってみて」
スマホを渡すとあさのさんは通路にしゃがみ込んでタッチパネルを指で操作した。少なくとも二十作品くらいはデータにあるはずだ。小さいスノコを使ったシェルフ、アンティーク調の外装に付け替えた目覚まし時計、紐でフォトフレームを六個繋げた壁掛けの額縁。
最初はテレビや雑誌の真似をして作っていたものが、徐々に雑誌に載っているオシャレな雑貨を百均商品で再現できるかに変わった。もちろん本物の出来の良さまでは再現できないものの、数千円から一万円以上する雑貨を買うことはできない。それに自分で作る楽しさや達成感が味わえる。
「かわいいね」
「ありがと。そろそろ色塗りとかもしてみたいの」
「ううん。DIYもだけど、この人ゆらかちゃんのお姉さんでしょ? 読モでもしてるみたい」
「ふえ!?」
変な声を上げたことを気にするゆとりもなく、あさのさんからスマホを受け取った。あたしの手のひらよりも大きな画面には、でかでかと胸元が膨らんだ彩世ちゃんのエプロン姿が映し出されていた。料理の写真を撮った時に、彩世ちゃんだけを映した盗撮写真だ!
「これ……は」
「お姉さんの写真なんて、すごく仲がいいのね。わたしとは大違い」
心の中で激しい言い訳の嵐が渦巻いているあたしを余所に、あさのさんは勝手に納得してしまう。確かに仲はいい方だとは思うけど……。
「あさのさんも、お姉さんがいるの?」
「ううん妹。ちょっと体が悪くて、わたしがいないとダメなの」
「病気なの?」
「うん、目の病気。もう治らないの」
「かわいそう」
「うん、可哀想なの。だからわたしがいてあげないとダメなのよ。本当のこというと、わたしちょっと疲れてるみたい。最近あんまり寝れてないし食欲もなかったの。ありがとうゆらかちゃん。ゆらかちゃんと話せたから元気でた。」
「本当に?」
あさのさんは、さっきよりも自然に笑ってくれて、その顔はとてもかわいいと感じた。
◇◆◇◆◇
ダリアを出て、サラちゃんとは途中で別れる。あさのさんの事情はよくわからなかった。病気の妹さんがいて、面倒を見なくちゃいけないことに疲れて、あさのさんは妹さんを嫌いになっていたのだろうか? それとも、嫌いになりかけていたのだろうか?
だったら、それは悲しいことだと思う。
あたしと彩世ちゃんにもそんな日がいつかくるのだろうか。
彩世ちゃんが、あたしのことを鬱陶しく思って嫌いになる日が、もしかしたらくるのかもしれない。
そうじゃないとしても、彩世ちゃんがあたしから離れる日は必ずくるだろう。例えば彩世ちゃんが遠くの大学へ進学したり、就職したりするだけで今の生活はなくなる。そうじゃないとしても一緒にいられる時間は確実に少なくなるのだ。
彩世ちゃんには幸せになってほしいし、あたしの世話ばかりで彩世ちゃんの時間を使わせるのも嫌だ。
彩世ちゃんは容姿も性格も抜群。家事も勉強もそつなくこなせる。女子であるあたしから見ても完璧な彩世ちゃんが男子にもてないはずがない。いつか彩世ちゃんにもカレシができる。
今の彩世ちゃんはあたしだけが独占しているようなものだけど、あと二年もすれば彩世ちゃんは高校生を卒業する。進学か就職か、もしかしたら結婚することだってありえないことではない。
そうなれば、あたしはどうなるの?
あたしの大好きな女性が幸せになることが嫌なわけがない。あたしの大好きな女性を幸せにできるのは、あたしじゃないことも理解しているつもり。
それでも、やっぱり寂しいことには変わらない。
あたしがもしも男の子だったら、こんな苦しみは感じずに済んだのだろうか? 彩世ちゃんと家族じゃなくて、彩世ちゃんと同じ年齢で、同じ通学電車で会うことができていたなら、あたしと彩世ちゃんは恋人になれていたのだろうか……。
夕暮れに向かって、ひとり帰路につく。足取りは重い。
帰るのが嫌なわけではない。ただ、憂鬱だ。
先が見えない不安。しかし、確実に訪れる別離。
そんなことに気分が沈んでいる。
「ゆらかちゃん、ゆらかちゃん」
澄んだ旋律に振り返ると、そこには一番会いたい女性の駆けてくる姿があった。揺れる前髪が朱に照り返り、下げたエコバックも左右に振られる。
「お帰り、ゆらかちゃん。ちょうど後姿、見えたから、走っちゃった。しんど~」
はぁはぁと前屈みで息をつき、彩世ちゃんは手の甲で汗を拭った。
「あゃせちゃ……んんっ!」
「え、え? ゆらかちゃん、どうしたの!?」
意味もなく、自分でもわけがわからなくなってあたしは彩世ちゃんにすがりつく様に、泣いた。
嬉しくて、悲しくて、寂しくて、安心して。
涙があふれ、嗚咽がもれ、感情に呑まれ、吐き出してしまった。
今話は「六畳一間」との結節点です。