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「女王薔薇と純白の百合」

地塔じとうサラサ/十歳 女子小学生 蠍座 

 趣味:マンガを描く ガールズラブ作品を読む

 特技:ローラースケート 縄跳び

 その他:ゆらかとは三年生から一緒、現在クラスメイト


汐見しおみ光喜こうき/十歳 男子小学生 蟹座

 趣味:サイクリング 昼寝

 特技:サッカー リフティング

 その他:ゆらかとは保育園から一緒 現在クラスメイト 姉がいる

「じゃあ行ってきます。彩世あやせちゃんも行ってらっしゃい。引ったくりとかワゴン車とかに気をつけてね」

「ありがとう。ゆらかちゃんも百均ダリア長居ながいしないで、早く帰ってきてね。今日はお買物して帰るから、ちょっと遅くなるわね」

「うん。わかった」


 自宅を出て数十メートル先の深緑公園前であたしと彩世あやせちゃんは夕方まで一旦お別れをする。あたしは徒歩で十五分歩いた場所にある蒼柳あおやぎ市立しりつ葉村崎はむらさき小学校へ、彩世あやせちゃんは隣町にある桃源坂とうげんざか女学院に通うためだ。


 あたしは校区内の生徒と一緒に、班を組んで登校することになっている。校区の集合場所である深緑公園で全員が来るまで待ちぼうけ。向かう方向は同じだし、ひとりは危ないからと、彩世あやせちゃんは公園前で誰かがくるまで一緒に待ってくれる。


 だいたいは誰かが先に来ているし、父兄や近隣のお年寄りたちがボランティアでパトロールをしてくれている。だから並んで彩世あやせちゃんとお喋りをしたことはない。今日は二度も顔を洗っていた所為で、うちを出るのが少し遅れた。公園前にはもう皆が集まっていて、あたしが最後だったのだ。彩世あやせちゃんとは、公園手前の角で別れて、あたしは皆のところへと駆けた。


「ごめーん。お待たせー」

「今日はユラテンが最後びりだから、お前が先頭な」


“班長”の腕章をした汐見しおみくんが手渡してきたのはたすきだ。腕章と同じく蛍光イエローの反射素材を使っていて、“葉村崎小学校の生徒です”と赤字で書かれている。安全対策・防犯対策のために着用を義務化されている。

 やたら目立って恥ずかしいので、うちの“汐見班”では、一番最後にきた人が着けて、先頭を歩くことになっている。


「はーい」テンションだだ下がりでたすきを受け取り、肩から斜めに掛ける。


「よし、全員集合」汐見くんのやる気のない号令で、あたしを先頭に汐見班は登校を開始する。葉村崎小学校では五~六人前後で一班扱いとなっている。汐見班は定員いっぱいの七人で、班長は年長生が務めるのだ。年長は五年生のあたしと汐見くんともうひとりだけで、三人のなかで一番誕生日が早いのが汐見くんなのだ。


 腕章とかたすきの他に、連絡先の記された所属メンバーのリストの管理もさせられる。汐見くんには悪いけどあたしは心底、班長じゃなくてほっとしていた。たすき係が先頭なので、汐見班長は一番後ろで低学年を挟むようにしてくれる。そういうところは保育園の頃から全然変わっていない。


「ユラちゃんおはよ。今日はタスキ係だね」

「たまにはサラちゃんの役を取ろうと思ったの」

「毎日でもいいよ。ユラちゃんにゆずる、喜んでゆずるから」

「いやん、うそうそ。これはサラちゃんにしかできない大変な仕事だよ。でも、カワイイデザインにしてくれるなら代わってもいいかも。黒いレース編みに白のライン置いて、上からドイツ語で刺繍するとか」

「それかわい~! それだったら毎日つける」

「あたしも~。帰りに百均ダリア寄って材料探そうかな……」

「あ、できたらわたしも欲しいな~」

「いいよ、一緒につけよ。双子コーデみたいに」

「ユラテン、ジトー、先生に頼んでもうひとつそれ用意してもらうか?」


 最後尾の班長の言い様を訳すと「もう少し静かにしろよ」とのことだ。あたしとサラちゃんのシンクロ『はーい』攻撃を受けて汐見くんは黙ってしまった。


 よし、今日も勝った。



   ◇◆◇◆◇



 なんでもないおしゃべりもそこそこに、サラちゃんは声のボリュームを下げて、あたしとの距離をゼロにする。


「あのね、アレの続きできたよ」

「ほんと、やった。またあとで見せてもらってもいい?」

「うん。ちょっと悩んでるところもあるから感想きかせてね」

「喜んで喜んで。あたしなんかでよかったら」


 お互いにうふふと笑い、肩を触れ合わせながら学校への通学路を消化する。サラちゃん……本名は地塔じとうサラサちゃんは小学三年生で初めて同じクラスになったお友達。あたしもサラちゃんも下の名前が漢字じゃないつながりで、なんとなく話すようになった。




 でも本当に打ち解けたと思えたのは一年半程前の、通称『ダリアの邂逅』事件以降だ。


 整然としていて、僅かに狭い十字路。見上げた先には通路番号を表す『13』という数字と、陳列物の種類が示された『画材』の文字。ダリアのロゴが入ったカゴには黒いサインペン数本、筆ペン(黒とカラー数種類)数本、スケッチブック二冊、転写紙トレーシング・ペーパー、ラミネートフィルム。ダリア信者のあたしが目視で試算したところ……三千円くらいはありそうだった。


 内容物からサラちゃんが絵を描いていることは一目瞭然で、彼女はひどく同様しているように見えた。というか、軽く変装?をしていたようだ。


「地塔さん、マンガとか描くんだ。すごいね。あたし絵とかけないしね」特になにも考えず、当てずっぽうで口走った一言に、サラちゃんはカゴを取り落とした。


「ほんとに、そう思う? マンガとか描いてたらヲタクとか思わない?」

「なんでマンガ描いたらオタクなの? 地塔さんオタクのマンガ描いてるの? そうじゃないなら違うじゃない。気にし過ぎだよ。絵が描けるなんてすごい才能だよ」


 素直に思ったことを言葉にしただけなのに、サラちゃんは声を上げて泣き出してしまった。これが世に知られる『ダリアの邂逅』事件の全貌だ。




 その日からあたしは彼女を“地塔さんからサラちゃん”に改め、サラちゃんもあたしのことを“天河さんからユラちゃん”と呼ぶようになってくれた。下の名前を呼び始めたことで、あたしとサラちゃんの距離はぐっと近くなった。


 サラちゃんは自分で描いたマンガを見せてくれる。あたしも、家族くらいしか知らない密かな趣味である百均DIYのことを打ち明けて感想を聞くようになった。今もときどき二人で百均ダリアに赴いては、一時間二時間と過ごしてしまう。


 あたしの一番仲の良いお友達、それが地塔サラサちゃんなのだ。学校へ着くのが楽しみだ。サラちゃんの描いたマンガを読めるからか不思議と足取りも軽くなっていた。



   ◇◆◇◆◇


 タイトルは『女王薔薇クインローズと純白の百合』という。

 違世界を舞台に繰り広げられるまっとうな男女の三角関係もの。ただし女の子を巡って、男女が争うというコンセプトのガールズラブなマンガだ。


 これを初めて見せてもらったときは、サラちゃんが恥ずかしがっていた意味が理解できた。サラちゃんは根っからの(……かどうかは知らないけど)女の子同士のが好きな子だった。


 サラちゃんのマンガを見始めた時期は、あたしも興味本意でしかなかった。だってその頃はまだ、彩世あやせちゃんと出会う前だったから、本当の意味での女の子が女の子を好きになる気持ちが正確には理解できていなかった。


 でも当然だ。あたしは保育園の頃から一緒だった汐見しおみ光喜こうきくんのことが好きだった。好きだったはずだ。漠然とした、大雑把な思い込み。一番長く一緒にいることが多くて特別に嫌悪もしていない人物が汐見光喜くんで、あたしはそれを好意と取り違えていた。いや、置き換えていたのだ。


 いまのあたしならば、はっきりとわかる。サラちゃんのマンガに出てくるヒロインの女の子ルイーズが、女王薔薇クインローズと呼ばれる女の子に魅かれる理由が。


 先週見せてもらったときから、あたしはルイーズを自分の分身のように感じ始めていた。サラちゃんにマンガの感想を聞かれて、ルイーズを自分にダブらせたあたしの感想を伝え始めたことが原因であろう。ルイーズの女王薔薇クインローズへの想いが無視できないほど細やかで、生き生きとしたものに変わってきたのだ。


 

 お昼休み。なるべく急いで給食を食べ終えたあたしとサラちゃんは、校舎の南館裏にある体育館に足を運んだ。体育館へ繋がる渡り通路は地面から一メートル以上高く造られていて、下の空間に潜り込めるようになっている。あまり奥にさえ潜らなければ危険もないし、なにより人がほとんどこないのだ。サラちゃんはあたし以外にマンガを見せてはいないので、学校で読むときは通路下と決めているのだ。


「……、……。ね、ねぇユラちゃん。ど、かな?」


 サラちゃんの呼びかけはちゃんと耳に届いていた。でも声を上げることはできない。肺が苦しくて、胸が痛くて、胃の中が熱くなって、なにも言葉が生まれない。


「ユラちゃん泣いてるの?」


 ――――えっ?


「泣い、てるの。あたし」


 取り出したハンドタオルをサラちゃんがあたしの目尻に軽くあてると、その部分がじんわりと湿り気を帯びた。そこで初めて、自分が涙を流していることに気がついた。


「ごめん、ごめんねユラちゃん。わたしが変なもの見せちゃったから、気分が悪く、なって」


 あたしの涙を拭ってくれたサラちゃんの方が嗚咽を漏らしてしまっていた。あたしはサラちゃんの肩を抱いて、すぐに否定した。サラちゃんの所為じゃないと強調した。


「びっくりさせたね、ごめんね。サラちゃんのマンガがあんまり、すごいから。すごく入り込んじゃって。ルイーズが可哀想で……あたしまで」

「ユラちゃん」

「ううん、もう大丈夫だから。だからサラちゃんも泣かないで」

「うっ、くっ、うぅ、うぅぅん」


 堰がきれたのか、感情のうねりが防波堤の許容量をオーバーしたサラちゃんを慰めるために、あたしは彼女を引き寄せて、抱きしめた。


「大丈夫だから、あたしがここにいるから。ね、サラちゃん」


 背中をゆっくりとさすりながら、言い聞かせる。昔、髪を乾かしてもらったときに泣いてしまったあたしを落ち着かせるために彩世あやせちゃんがしてくれたのと同じように。優しくとても優しく。


 あたしなんかに彩世あやせちゃんみたいな安心感や包容力はないから、サラちゃんが落ち着いてくれるかはわからない。


 いまのあたしにできるのは大好きな女性ひとのことを想いながら、大好きな女性ひとがしてくれたことを真似することくらいしかないのだから。

※1.架空百均ショップのダリア。〇イソーとセ〇アの造語です。


※2.ユラテン、、、は汐見くん考案の愛のあるニックネームです。「ゆら天」です。


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