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きまぐれ短編しう

ツンデレの正体を見極めてみる一考

作者: 小池

 一昔前に流行った(と私は認識している)“つんでれ”という人種。二次元世界において、異常にもてはやされた彼女あるいは彼らは、いったい如何なる人物であったのか。“つんでれ”を見極めんと、日々時間を犠牲にして研究に励んだのであるが、ある日私はその正体に気づいてしまった。

 

 きっかけは運命の出会いにあった。


 ほぼ毎日通う学び舎の教室、満席になると四十人の少年少女が一堂に会す、それなりに広い空間の端。窓際の一番後ろの席でやや壁より、そこが私の定位置である。この学び舎に来てからというもの、私は一度もこの席を動いたことはない。席替えなどと言う(一般的には)ドキドキイベントも、私は常に不参加である。初めの内は、担任の教師も何とか参加させようとしてはいたのだが、私があまりにも頑なに席を明け渡すことを拒むため、終いには苦笑いで諦めたようだ。


 そろそろ季節も夏に移ろう頃であったか、ある日、私はこともあろうか学生鞄一式を家に忘れてきてしまうという失態を犯した。まあ、寝不足で遅刻ギリギリの時間に飛び起き、神速の勢いで着替え、取るもの取らず家を飛び出したのだ。鞄のことなど頭からすっかり抜けていて、一時間目の授業が始まってからその事実に気が付いたのだ。私はうっかりさんだったのか。自分の意外な一面を発見した気分だった。


 当たり前であるが、話はそこで終わらない。何せその時の私は、教科書・ノートはおろか、シャープペンシルの一本さえ無い状態であった。私は、援軍の当てもなく籠城戦を強いられた戦国大名のごとき心境で、滝の汗を流していた。その時、私の無残な様子を見かねて手を差し伸べてくれたのが、隣の崖淵君である。(絶体絶命の私を助けてくれたのが、崖淵君とはこれいかに)


 親切な崖淵君は、ルーズリーフを数枚と予備のシャープペンシルを貸してくれたのである。教科書まで見せてくれたのだから、感謝しつくしてもし足りない。


 ところで、私の話を聞いているお歴々、すでにお気づきの方もいらっしゃるだろうが、私が出会った運命の“つんでれ”とは、崖淵君である。彼の容姿については言及しない。親しくしている友人からは、私の審美眼は信用に値しないという評価をいただいているからである。一般の生徒にはそれなりに人気があるらしいとは聞いた。


 そんな崖淵君、お礼を言うとちょっと怒るのである。他のクラスメイトにも聞こえるような声で言ったのがまずかったのか、なぜだか教室の外に連れ出されたりする。善行を人に知られるのが恥ずかしい質らしい。不思議に思っていると、崖淵君は私の昼食の心配までしてくれた。なんと、結構世話焼きな性格であるようだ。折角なのでお世話してもらった。


 これが私と崖淵君とのファーストコンタクトである。それからというもの、崖淵君とは良好な関係を築くことができていた(少なくとも私は良好だと思っている)。私の探求の手伝いをしてもらったり、崖淵君に勉強を教えてもらったりと、実に学生らしい友人付き合いをしていた。周りに人がいない場合に限るが。崖淵君は、世話焼きで優しいのに、少々短気なのが玉に傷だと思う。


 それが冬休みが近づいた頃、崖淵君がそわそわと落ち着かない態度を見せはじめた。

何か言いたいことがあるのか、時折口を開いては言いよどんでいた。私が問いかけても、崖淵君は何でもないと誤魔化すばかりである。このとき、私の脳裏にひらめくものがあった。崖淵君は私に何か、相談したいことがあるのだろう、だがその内容が言いにくい事で困ってしまっているに違いない。


 だが、はて? 年頃の少年が悩む他人に相談しにくい事と言えば、友人関係と性欲についてと相場が決まっている。今更何をためらうのか。どこぞの男がいる女に横恋慕でもしたか。まさか……目覚めたのか? いや、崖淵君がたとえどんなアブノーマルな道に目覚めようとも、私は友人をやめるつもりはないぞ!


 と、このような事を本人に話したら怒られた。私の思い違いであったらしい。当の崖淵君は、私の勘違いを知って覚悟を決めたようだ。終業式のあと、誰もいなくなった教室に呼びだされた。そこで待っていた崖淵君は、まるで、背水の陣で戦に臨む若武者のごとき顔で言った。


「好きです」


 崖淵君の低くて素敵な美声が、二人しかいない教室に響いた。崖淵君の発した言葉を私の脳が理解すると、私の心臓はスチームエンジンのように激しく鼓動する。今なら、顔から水蒸気がたっていると言われてもおかしくないほどに、熱かった。どこもかしこも。


 この時私は、宇宙の真理に辿り着いたかのような喜びを感じていた。これだ。これが“つんでれ”のなのだ!! 少年らしい羞恥心と気恥ずかしさ、大人びた愛情と気づかい、そのギャップ! これこそが“つんでれ”の正体。


 私はあまりの感動と初めての萌に、崖淵君のことなどすっかり忘れて、意識の外においていた。顔を赤くして無言のままうつむく私に焦れたのか、いつの間にか崖淵君は私の目の前に立っていた。


「何も言わないアンタが悪い」


 くいっと顔を上げさせられると、いきなり崖淵君の顔が迫ってきた。文句を言う間もなく、唇にやわらかい謎の物体Xが一瞬だけ触れる。ついと視線を逸らす崖淵君の顔は、私に負けないくらいに真っ赤だ。


「参りました」


 思わず私は投了宣言してしまった。本当に参った。戦わずして負けた心持だ。


 私は真の“つんでれ”を悟るに至ったのだが、それと同時に“つんでれ”の抗いがたい魅力と言うものを知ってしまったのである。“つんでれ”とはかくも恐ろしき生き物なのである。

次回、「ヤンデレの正体を見極めてみる二考」に続くかもしれない。

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