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ファラーシア。そこでは、強い者こそが正義である。
殴ろうが奪おうが犯そうが殺そうが罪に問われることはない。
何をしても許される、国でありながら国でない場所。ゆえに、“自由都市”。
ただし、本当に自由にできるものは一部だけで、ほとんどはただ搾取され虐げられるのみである。
何者でも受け入れる代わりに、何者も守らない。あらゆる魔物、とりわけ強力なものが多く住むといわれる森の奥にある、弱者には生き難い国。
「……て、聞ーてたんだけど。どゆことよ?これ」
むしゃむしゃと屋台で買った肉の串焼きを食べながら言う。塩胡椒のみで味付けされたそれは、素朴な味ながら大変美味である。
「知りませんよ。私に聞かないでください」
投げやりに答えたのは病的に肌が白い優男。エメラルドグリーンの濃い髪色のせいか、余計白く見える。エルフという種族の体質のせいらしいが。不機嫌そうに琥珀色の目を眇めながら、一口大の揚げ物を食べている。
「オレはうれしいがなァ。なんせ魔人なんて珍しいモンがつくった酒が飲める」
言葉の通りにご機嫌なのは褐色の肌をしている大柄な男だ。赤髪赤目で精悍な顔をしているが、目つきが鋭いせいかよく怖がられる。民族衣装か知らないが常に半裸に近い格好をしているのも理由の1つだろう。アホみたいに酒を飲むのは体温を上げるためなのだろうか。それならさっさと服を着ろと言いたいが。
「わっけわかんねー」
丁度昼ごろだからか、様々な屋台が並ぶ大通りはとても賑やかだ。客を呼び込む威勢のいい声や、買い食いを楽しむ男女。走り回る子供たちに、それを見守りながら話し込むそれぞれの親。それなりに大きな街なら珍しくもない光景。
しかし、散々この国の噂を聞いていた俺たちからすれば予想外もいいところだ。もっと閑散としてて、ちょっと頭イっちゃってる奴らがうろうろーとかいきなり襲ってきて金出せオラーとかを想像していたんだが。弱肉強食はどこいった。いや、平和に越したことはないけども。
大通りを抜けると小さな噴水がある広場に出た。親子連れが多い。大声で泣いている小さな子供を親らしき人が慰め、それを周りが微笑ましそうに見ている。ほのぼのしすぎだと思う。
「これがあれか、噂のギャップってやつか」
「意味のわからないことを言わないでください」
「うっせえ、混乱してんだよ。そっちこそ八つ当たりすんな」
「してませんよ」
してるだろ。まあ、頑張って調べた情報がここまで違って不機嫌になるのもわからんでもないが。
「いい加減機嫌直せって。ガルが暴れなかっただけ百倍ましだろ」
「それはそうですけど」
ちらりと隣にいる大男を見る。酒がなかったら、話が違うと大暴れしたに違いない。魔人の酒様様である。というか魔人がつくった酒、という触れ込みだったが本当に魔人がつくったのだろうか。売っていたのはドワーフだったし。
「ここがまともだって知ってたら、連れてこなかったんだけどなあ」
「結果論です。それにまだ安全だと決まったわけではありません」
「そりゃそうだけど。ここまで平和だと逆にコイツのせいでバレそうじゃん」
「あァ?ライおめェ喧嘩売ってンのか?」
「否定できねーだろーが。お前わかってると思うけどちょっとは慎重に動けよ?」
「お、アレ居酒屋じゃねェ?」
「聞けよコノヤロウ」
まだ飲むのか。その手にある酒はなんだ。危ないと聞いていたからコイツが向かないの承知で連れてきたんだが、失敗だったか。強いのは助かるが自由すぎる。
「まーさっさと宿だけでもとるかー」
「ええ、私もそのつもりだったんですけど。それらしき建物がないんですよね」
「あー、そーいやここってあの森に囲まれてるんだっけか。商人とか来ないのかもな。来るときなんも会わなかったから実感わかなかったけど」
「とはいっても急に人が増えることはあるでしょうし、どこか泊まる所ぐらいあると思うのですが」
「誰でも受け入れる、ねェ。それこそ胡散くせェけどよォ」
「ドワーフが酒売ってたり、エルフと獣人が一緒に屋台やってたり、翼人の子供が遊びまわってたりするぐらいだし、あながち嘘でもねーだろ。それすらガセだったらいっそ笑えるけどなー」
「笑い事ではありません。国の中で野宿なんて私は嫌ですよ」
「どっか押し掛けるかァ?」
「バカじゃないですか」
「あァ?」
言い合う二人はほっといて広場をボーっと見ながら今後の予定を考える。噂通りの国だったら勝手に借りるなり奪うなりやりようもあったが、さすがにこんな雰囲気の中でそれをするつもりはない。
とりあえず宿を見つけるのが先かと思い、いまだにうるさい二人を止めようとしたところで、噴水の前にいる一人の少女が目に入った。
十歳前後であろうか、小さな背丈とそれに比例する細い手足。真っ黒な髪に真っ白な肌。ぱっちりとした大きな目は透き通るような青色をしている。
えらい整った顔をしてる子だな、と感嘆する。周りにエルフやらがいるせいでそれなりに美形には見慣れているつもりだったが、その中でも際立っている。無表情のせいもあって人というより人形といわれた方が納得できそうだ。
「あの年であれとは、末恐ろしい…」
「いきなり何言ってるんですか」
「おもしれーモンでもあったか?」
「いや、」
あの子がさ、と指を差しながら言おうとしたところで、その少女と目が合った。綺麗な青だと心底思う。
「知り合いですか?」
「まさか。俺ら来たばっかだろ」
「おいなンか人形が動いたぞ」
言いたいことがわからんでもないが失礼すぎる。
聞こえたのかいないのか、その少女はこちらを見つめたまま何かを考え込んでいるようだ。
なんかガン見してくるんだけど。なぜだ。人形って言ったのはガルだぞ?先に思ったのは俺だが。
まあこのまま見つめ合っててもしょうがないだろう。何か仕掛けてくるにしては無防備すぎるし。
おもむろに近づいてみる。ニアが何か言っているが知ったこっちゃない。正直こんなほのぼのより少しぐらい危なくても何か動きがある方がありがたい。いきなりやられるほど弱くもないつもりだ。
「なんか用か?おじょーさん」
噴水の囲いにもたれかかっている少女の前で立ち止まる。他の二人もついてきた。若干ニアに睨まれてる気がしなくもない。ガルは酒を飲みながら興味深げに様子をうかがっている。
少女はきょとんとした顔でぱちりと一度瞬きしたかと思えば、先ほどまでの無表情とは打って変わりにこりと笑いかけてきた。ロリコンの気持ちが少しわかってしまった。
結局、彼らが生きてこの国を出られたのは、ただ運がよかっただけだった。
あの森で魔物一匹見かけなかったこと。街の中で大人しくしていたこと。宿がすぐに見つからなかったこと。
ちょっとした偶然が重なり合ったおかげで、生き残ることができた。
そして、彼ら最大の幸運は
「こんにちは、おにーさん」
―――――彼女に出会ったことだろう。