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 刀が振り下ろされた――と誰もが思った。だが、リーダー格は恐怖に目を開いたまま男を見上げていたし、男もまたリーダー格をにらみ付けていた。男の右手にしがみついた少年が、必死で声を絞り出す。

「殺しちゃダメだ!」

 男が少年を見下ろす。目が合うと、少年は必死で訴えかけた。

「簡単に人を殺しちゃダメだ! 誰にでも、生きてる権利はあるんだ。簡単に死んでいいヤツなんかいないんだよ!」

 少しの沈黙が流れた。数秒であったのか数分であったのかは分からないが、ともあれ、男は少年を見つめたままゆっくりと刀を下ろし、何故だか急に自分の青臭い行動が恥ずかしくなった少年はふいと視線を泳がせ、

「……って、死んだじいちゃんが言ってんだよ……」

 もごもごと言い訳がましく呟いた。


「行け」刀を腰の鞘に収めた男が、リーダー格に向けて言葉を投げ捨てる。「行って、アキト・シーナに伝えろ。貴様がどこにいようと、俺は地の果てまで追い詰めてやると」

 地面に倒れている大男の生死確認もせず、耳から流れる赤い液体をまき散らしながらリーダー格はよろよろと闇の中へ消えて行った。それを見送った後、少年はおそるおそる、地面に伸びている大男を覗き込んだ。

「これ、死んでるの?」

 男は返答をしない。無言のまま背を向けるとリーダー格とは反対方向へ足を踏み出した。少年が足元にまとわり付く子犬のように後を追う。

「なあなあ、助けてくれてありがとうな。アイツら、しつこくってさぁ。この黄金の足があれば、逃げ切れる自信あったのになぁ」

 少年は一人で喋り続ける。変声していない声は甲高く耳に突き刺さり、男は微かに顔をしかめて少年を見下ろした。

「黙れ。ついてくるな」

「いいじゃん。別に、邪魔はしないよ」しゃべり続けることで既に不快感を与えているのだが、全く気に留めず少年が続ける。「お兄さんなら強そうだし、VoEにも負けなそうだし。あの研究所に二度と戻りたくないんだ。あ、でも、いくらアタイが魅力的だからって手を出したらタダじゃ済まないぜ」

 あちょーと奇声を発しながら空手の突きを繰り出す姿を、そこで初めて存在を認めたかのように男はまじまじと凝視した。


「……なんだよ」

 と怪訝そうに眉をひそめる顔つきは、言われてみれば確かに女性的だ。よく動く大きな瞳に少し低く小さな鼻、薄い唇。可愛らしい顔をしているが、伸びっぱなしでぼさぼさと毛先の立ち上がったショートヘアに、乱雑な言葉遣い、無頓着な服装と控えめな胸が少年と見誤らせていたのだろう。

「研究所にいた? 理由あってVoEに追われていたのか」男が尋ねる。

「ん、そうだよ……」目を伏せた "少女" は、「見て」交差させた両手でタンクトップの裾を掴むと、一息に捲り上げた。

 男の右頬がぴくりと引き攣れ、目が細められる。

 そこにあるのは四つの乳房だった。

 まだ膨らみかけの、可憐な盛り上がりにピンク色の突起、それが四つ、ひっそりと並んでいる。

「お前…… "P" なのか」

「まあね。隙を突いて脱走したんだ。だから追われてんの。アイツらからしたら、アタイは超重要生きた実験サンプルだから」

 タンクトップを雑に下ろした彼女は、開いた両手を地面に向けるとじっと一箇所を凝視した。ふる、と、軽く大気が揺れる。男は無言のまま、彼女の行動を見守った。

 まるで見えない手に持ち上げられたかのように、転がっていた小石がふわりと浮上する。ぶるぶると小刻みに震える小石は透明な力に動かされていることを恐れているように見えたが、ピクリと身を強張らせると急に方向転換し、男目がけて飛んできた。視線を少女に向けたまま、手だけを動かして男が小石をキャッチする。

「ふう」手を下ろして息を付く少女は汗だくだった。思いなしか、疲れ切っているようにも見える。「これが、今のアタイにできる精いっぱい」彼女は皮肉気に笑った。「ほんと、取るに足らないだろ? そんな小さな石を、数秒持ち上げることしかできないんだぜ?」


 握り締めた手を開き、手の平に載った小石を見つめた男は、

「こんな姿になってまで……誰がこんな能力を欲しいと思うんだろうな」

 と呟く少女にくるりと背を向け、小石を手で弄びながら歩き出した。

「あ、待ってよ」

 再び少女が追走してきたが、今度は男はそれを咎めなかった。


 PSY計画。人間の潜在能力を人工的に引き出し、超能力を芽生えさせるという名目のため、何百人の貧困層が犠牲になっただろう。そして少女の言う通り、外面の変質と引き換えに、何人の人間が有益な力を手に入れられたというのか。大概の者が得たのは彼女のように、殺傷能力のまるでない小さな石を持ち上げる程度の能力だ。

 男はそれを止めるために旅を続けている。片っ端から "P" を抹殺した時期もある。VoEに関連する者だけを狙った時期もある。だが、それでは何も変わらないと気付いた――


「なあ、アンタ、名前はなんて言うんだよ?」併走した少女が、男の顔を覗き込むように見上げた。「アタイは、イズミ・モリノ。漢字で書くと、木が三つの森、野原の野、山とかに湧く泉。森野泉……冗談みてぇな名前だろ」彼女がけらけらと笑う。

「……ギンガ……」男は低い声で呟いた。「椎名銀河……」

 ――だから銀河は、アキト・シーナの居場所を探り出すために旅を続けている。椎名秋人、父親を捜し出し抹殺するための旅だ。

「へぇ、アンタ、ギンガってんだ? なんか格好良い名前だね。アタイのとは大違い」くっくっ、と泉が含み笑いを漏らした。

 そうして椎名銀河と森野泉は出会った。

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