受験生からの預かり物
受験生からの預かり物
冷え切った冬の夜、十畳の書斎には、インクと紙が擦れ合う微かな音だけが響いていた。
「……また、落ちた」
机に投げ出された模試の結果通知書。判定はE。
一浪の身であるたかし(19)の背中に、冷や汗が這い上がった。下の階から聞こえてくるのは、父・研二(50)のテレビの音だ。研二からは以前、冷酷に言い渡されていた。『今年ダメだったら、就職しろ。これ以上予備校の金も出せん』。
裕福ではない家庭。予備校に通う余裕などなく、自宅での孤独な独学。息の詰まる日々のなか、たかしの精神は少しずつ摩耗してい Ü。
そして、もう一つの苛烈な生理的欲求。運動もせず、部屋にこもり続ける19歳の身体は、奔騰する若いエネルギーを持て余していた。勉強のストレスが溜まる。同時に、別のものも溜まる。
どうしようもない性欲の発散。しかし、自慰行為をすれば激しい倦怠感に襲われ、勉強時間が削られる。それでも、肉体は容赦なくそれを要求する。
矛盾する焦燥に狂いそうになった夜、たかしは狂気めいた思いつきを実行に移した。
「お母さん……頼む。僕のアレを、預かってくれないか」
リビングで洗濯物を畳んでいた母・真由美(45)は、我が子の異様な言葉に耳を疑った。だが、それ以上に驚愕したのは、たかしが自分のそれを、まるでおかしな工芸品でも外すかのように、ずるっと自身の肉体から取り外して差し出した瞬間だった。
「何度か、こうして取り出す練習をしてたら……できるようになったんだ。不思議と、身体から外しても腐らずに、この状態を保ってるんだよ」
青白い顔で、しかし真剣な目を向ける息子。倫理や常識の枠組みが音を立てて崩れ去る感覚の中、真由美はなぜか拒絶することができず、その奇妙な「預かり物」を両手で受け取った。
「志望校に合格するまで……僕の代わりに、それを持っていてほしいんだ」
その日から、奇妙な共同生活が始まった。
たかしから肉体の一部が切り離されたことで、皮肉にも性欲のノイズは綺麗に消え去り、脳髄の機能は極限まで研ぎ澄まされた。無心の境地に至った彼は、鬼神のような集中力で机に向かった。
――凄まじい快進撃だった。
「お母さん、見てくれよ! 今度の模試、余裕で合格圏内に入ったよ!」
リビングに飛び込んできたたかしの目は、かつての生気のない澱みから、自信に満ちた輝きを取り戻していた。
一方、母・真由美の日常もまた、静かな変容を始めていた。
最初は、息子のそれをただ預かっているだけのつもりだった。しかし、生物としての好奇心が、倫理の防壁を徐々に侵食していく。
触れてみると、それは粘土のように不思議な柔軟性を持ち、力を加えると思いがけない形へと変形した。軽く擦るだけで、空間に微細な飛沫を散らす。
『これは、たかしに悪影響を及ぼすのだろうか……?』
最初は恐る恐る観察していた真由美だったが、息子の成績や健康状態に何の支障もないことが分かると、禁断の実験へと足を踏み入れた。様々な角度から圧力をかけ、形状を変え、飛沫の上げ方を研究する。それはいつしか、真由美にとって日々の孤独を紛らわせる唯一の遊戯となっていた。
その頃、夫の研二との間には長い年月によるマンネリが影を落とし、完全にセックスレスとなっていた。
しかし、真由美が息子のそれを通じて研究し尽くした「悦楽の技術」は、図らずも彼女の感性を鋭敏に研ぎ澄ましていた。ある夜、ふとした弾みで夫にその技巧の片鱗を試したところ、冷え切っていたはずの研二はその深いテクニックに完全に夢中になった。
長年すれ違っていた夫婦の間に、かつてないほどの熱狂的な夜が戻ってきた。家庭には明るい笑い声が満ち、夫婦仲は劇的に改善された。
そして、季節は巡り、春。
合格通知書を握りしめたたかしは、晴れやかな顔で母の元へ走った。
「受かったよ、お母さん!」
役目を終えた「預かり物」が、ようやくたかしの元へと返却された。
自分の身体へとそれを戻した瞬間、たかしは微かな違和感を覚えた。以前のものよりも、なぜかそれは一回りたくましく、力強く脈打っているように感じられた。母の手によって秘められた潜在能力を引き出されたかのように。
春からのキャンパスライフ。
蘇った自信とみなぎる活力に満ちた男には自然と人が集まり、たかしの周りにはたくさんの彼女や友人ができ、毎日は華やかな喧騒に包まれた。
両親は毎晩のように互いを求め合い、若き日のような熱い絆を取り戻している。
家族のそれぞれが、奇妙な冬の奇跡を経て、新しい春を謳歌していたのだった。




