死後管理局からのお知らせ
彼は1度死んだ。薄給で忙しく働いている市立病院救急室の研修医が90秒後に蘇生させたので、さほど長い間死んでいたわけではない。
だが、彼にとっては十分だった。
なぜなら、死んでいるあいだに、彼は「とんでもないもの」を見てしまったからだ。
「……あの、名前は言えますか?」
医師が問うと、彼はぼんやりと答えた。
「えっと……山田……山田……」
「山田さんですね。よかった、意識ははっきりしているようです」
「山田……太郎……?」
「自分の名前を疑問形で言う人は珍しいですが、大丈夫です」
大丈夫ではなかった。
彼は死んでいる間、天国でも地獄でもなく、市役所の待合室のような場所にいたのだ。
番号札を渡され、
「お呼びするまでお待ちくださーい」
と、妙に事務的な天使(?)に言われた。
そして、彼の番号が呼ばれた瞬間、蘇生された。
つまり、彼は死後の手続きの途中で現世に引き戻されたのだ。
退院後、彼は会社に復帰した。
総務部のデスクに座ると、同僚たちが心配そうに声をかける。
「山田さん、生き返ったって本当? すごいね!」
「すごいって……何が?」
「いや、なんか……レアじゃん?」
レアと言われても困る。
彼はただ、死後の窓口で順番待ちをしていただけだ。
仕事に戻っても集中できない。
書類の山を前にしても、頭の中ではあの天使(?)の声が響く。
「番号札は失くさないようにお願いしまーす」
失くした。
蘇生の衝撃で、どこかに落とした。
「……どうしよう」
彼は深刻に悩んだ。
死後の世界で番号札を失くすのは、たぶん相当まずい。
その日の夜。
彼が夕食を食べていると、スマホが震えた。
画面には見慣れないアプリの通知が。
【死後管理局】
あなたの手続きが中断されています。
至急ご連絡ください。
「……え?」
彼は震える指で通知を開いた。
【担当:天使補佐A-47】
番号札の再発行には本人確認が必要です。
近日中に夢の中で伺います。
よろしくお願いしまーす。
「よろしくお願いしまーす、じゃないよ……!」
彼は叫んだ。
その夜、彼は夢を見た。
白いカウンター。
番号札のディスペンサー。
そして、あの天使(?)が現れた。
「山田太郎さーん。番号札、失くしましたね?」
「すみません……」
「すみませんじゃないんですよー。あれ、再発行めっちゃ面倒なんですから」
天使はタブレットを操作しながら、ため息をついた。
「で、どうします? 今すぐ再発行します? それとも、次に死んだときにまとめてやります?」
「次って……」
「ええ。人間はだいたい数十年以内にまた来ますから」
「軽いな……!」
天使はにこにこしている。
「ちなみに、再発行には手数料がかかります」
「手数料?」
「はい。生前の善行ポイントで払えます」
「そんなのあったの?」
「ありますよー。あなた、ポイント残高……あ、ギリギリですね」
「ギリギリ!?」
「はい。あと、善行ポイントはコンビニ払いできませんので」
「できても困るよ!」
翌朝、彼は決意した。
善行ポイントを貯めよう。
なぜなら、次に死んだとき、番号札の再発行で揉めたくない。
彼は通勤途中、困っている人を探した。
・落とし物を拾って渡す
・お年寄りに席を譲る
・道に迷った外国人に英語で案内する(Google翻訳頼り)
だが、どれもポイントがついた気がしない。
「どうすれば……」
そのとき、スマホが震えた。
【死後管理局】
本日の善行:+0.5ポイント
(席を譲った件)
「0.5!? 少なっ!」
天使からメッセージが届く。
【A-47】
善行は“見返りを期待しない心”が大事でーす。
ポイント目的だと、減点対象になりまーす。
「じゃあどうすればいいんだよ!」
【A-47】
自然体で生きてくださーい。
そのうち貯まりまーす。
「自然体で貯まるか!」
数週間後。
彼はふと気づいた。
善行ポイントのことを忘れて、普通に生活しているときのほうが、なぜか通知が増えている。
・同僚の愚痴を聞いた
・上司の忘れ物を届けた
・落ち込んでいる後輩にコーヒーを奢った
【本日の善行:+3ポイント】
「……あれ?」
天使からメッセージ。
【A-47】
そういうことなんですよー。
“生きてるだけでポイント貯まる人”っているんです。
あなた、そっちタイプです。
「そっちタイプ……?」
【A-47】
はい。だから、次に死んだときは安心して来てくださーい。
番号札、ちゃんと用意しておきますね。
「次に死んだときって言うな!」
彼は今日も生きている。
善行ポイントのことは、もうあまり気にしていない。
ただ、時々スマホに届く。
【死後管理局】
本日の善行:+1ポイント
(コンビニ店員への丁寧な対応)
「……そんなのもポイントになるのか」
彼は笑った。
死んだことは怖かった。
だが、死後の世界は、案外ゆるくて、事務的で、そしてちょっとだけ優しい。
だから彼は、今日も自然体で生きている。
次に死んだとき、番号札をちゃんと受け取るために。
そして、天使A-47に言うのだ。
「今度は失くしませんから」




