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「お前の代わりなどいくらでもいる」と捨てられましたが、冷徹公爵がなぜか私を離してくれません  【続編連載開始】  作者: 月代
第二章 咲き誇る想い

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第6話 捨てた男の後悔


 平穏な日々に、嵐の前触れが訪れたのは、公爵邸に来て三週間目のことだった。


 その日、アネットが温室でヒールリーフの株分けをしていると、クラウスが慌ただしくやってきた。老執事が眉を曇らせている姿は珍しい。


「アネット様、お手紙です」


「お手紙?」


 差し出された封筒には、見覚えのある紋章が刻まれていた。

 獅子と剣——グランツ侯爵家の家紋。


 アネットの手が、無意識に強張った。


「……アルベルト様から?」


「さようでございます。使者が直接届けに参りました」


 封を切る指が震えた。中に入っていたのは、丁寧な筆致で書かれた一通の手紙。


『親愛なるアネットへ


 突然の手紙を許してほしい。あの日の非礼を、僕は深く後悔している。

 冷静になって考えれば、君を手放したのは最大の過ちだった。

 どうか一度、会って話をする機会をもらえないだろうか。

 君が戻ってくることを、心から願っている。


 永遠の後悔とともに

 アルベルト・グランツ』


 手紙を読み終えたアネットは、しばらく動けなかった。


 ——戻ってきてほしい?


 「代わりなどいくらでもいる」と言った人が?


「アネット様、お顔の色が優れません。大丈夫でしょうか」


「……ええ、大丈夫よ、クラウスさん。ありがとう」


 大丈夫ではなかった。手紙を持つ手はまだ震えているし、心臓がうるさいくらいに鳴っている。怒りなのか悲しみなのか、自分でもわからない。


 夕食の時間。

 アネットは努めて普段通りに振る舞ったが、食が進まなかった。スプーンを持つ手が時折止まり、ぼんやりと考え込んでしまう。


「食わないのか」


 ルシアンの声で我に返った。


「あ——すみません。少し、考え事をしていて」


「体調が悪いなら無理をするな」


「いえ、そういうわけでは——」


「手紙のことか」


 アネットは顔を上げた。ルシアンは無表情のまま、じっとアネットを見ている。


「ご存知、なんですか」


「グランツ家の使者が来れば、嫌でもわかる」


 ルシアンの声には感情が読み取れない。けれど、グラスを持つ手にわずかに力が入っていることに、アネットは気づいた。


「……アルベルト様から、戻ってきてほしいと」


「で、どうする」


「え?」


「戻るのか、と聞いている」


 その問いに、アネットは一瞬言葉を失った。そしてゆっくりと首を横に振った。


「戻りません」


「……そうか」


 ルシアンの手から、かすかに力が抜けた。ほんの一瞬の変化。見逃しそうなほど小さなそれを、アネットは見逃さなかった。


「もう私は、あの方のものではありません。今の私には——ここでやるべきことがありますから」


 庭のこと。薬草園のこと。月光花のこと。

 そして——ルシアンの隣にいること。


 最後の一つは、口にはしなかった。


「賢明だな」


 ルシアンはそれだけ言って、食事に戻った。

 だが、アネットはこの食事中、初めてルシアンが「おかわり」を頼んだことに気づいた。いつもは小食なのに。


 ——もしかして、安心したから食欲が出たのかしら。


 考えすぎだと自分を戒めつつ、アネットもスプーンを手に取った。不思議と、食欲が戻っていた。


 翌日。

 アネットはアルベルトへの返事を書いた。


『アルベルト様


 お手紙、確かに拝受いたしました。

 お申し出についてですが、辞退させていただきます。

 あの日、あなたがおっしゃった言葉を、私は忘れていません。

 私の代わりがいくらでもいるのなら、あなたにもまた別の方がいらっしゃるでしょう。

 どうかお元気で。


 アネット・レイヴンクロフト』


 簡潔で、きっぱりとした返事。

 三週間前の自分なら書けなかった文面だ。あの頃は、アルベルトに捨てられたことで自分の価値を見失っていた。


 でも今は違う。

 自分の力を認めてくれる人がいる。自分の存在を必要としてくれる場所がある。


 手紙を封じて、クラウスに託した。


「よろしいのですか、アネット様」


「ええ。もう迷いません」


 クラウスは満足そうに微笑んで、手紙を受け取った。


 ところが——事態はアネットの想像以上に深刻だった。


 数日後、ルーシーが慌てた様子で温室に飛び込んできた。


「アネット様! 大変です!」


「どうしたの、ルーシー」


「グランツ侯爵家のことなんですが——セレナ・ホルスト様の実家、ホルスト家が不正取引で告発されたそうです!」


「え……?」


「それで、グランツ家はホルスト家との縁談を白紙に戻す方向だとか。アルベルト様がアネット様に手紙を送ったのは、ホルスト家の没落を見越してのことらしいんです」


 つまり——アルベルトがアネットに戻ってきてほしいと言ったのは、愛からではなかった。セレナの後ろ盾が崩れたから、別の「使える」婚約者が必要になっただけ。


 アネットは深く息を吐いた。


「……そう。やっぱり、そういうことだったのね」


 悲しいというより、呆れに近い感情が湧いた。五年も一緒にいたのに、あの人は最初から最後まで、アネット自身を見ていなかったのだ。


「アネット様……お辛くないですか?」


「大丈夫よ、ルーシー。もう、あの方のことで泣く涙はないわ」


 アネットは笑って、ヒールリーフの手入れに戻った。

 指先から緑の光が漏れ、薬草が嬉しそうに葉を揺らした。


 ——ここが、私の居場所だ。


 強くそう思った。

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