第6話 破れた紙
父さんの箱は納屋の奥に置かれた。家の中に置くと湿気が溜まる。母さんがそう言った。納屋の奥は風が通る。壁板の隙間から空気が入る。木の匂いが強い場所だ。
紙束は箱から出して、布に包んだ。古い布だ。母さんが昔使っていた袋をほどいて作った。紙の角が折れないように、布を何重にも巻いた。
昼になると、俺は納屋に入る。戸を少し閉める。光は屋根の隙間から入る。細い線の光が床に落ちる。埃がゆっくり動いているのが見える。
床に座る。布をほどく。紙束を取り出す。紙は乾いている。触ると少しざらつく。端が丸い。何度もめくられている跡だ。
一枚開く。
線が引いてある。
丘。川。道。
小さい印が並んでいる。
文字もある。全部は読めない。形だけ追う。前に見た場所と同じ線もある。父さんが納屋で見せてくれた紙だ。
俺は床に石を置く。丸い石を四つ。小さい石を三つ。紙の線と同じ形に並べる。指で一つ動かす。次に別の石を動かす。
納屋の外で風が鳴る。板がきしむ。遠くで誰かが斧を振る音がする。
石を動かす。
位置を変える。
また動かす。
外から声がした。
「おい」
納屋の戸が急に開いた。光が強く入る。目が少し眩しい。顔を上げると、バドが立っていた。取り巻きの二人も後ろにいる。
バドは納屋の中を見た。俺の前の石。紙束。布。全部見る。
「何やってんだ」
俺は石を動かす手を止めた。
「見てる」
バドが一歩入ってきた。靴の底が土を踏む。乾いた音がする。
「それ」
バドが紙を指さした。
「何だ」
「父さんの」
そう言うと、取り巻きが笑った。
「死んだ兵士の紙か」
バドがしゃがんだ。紙を一枚つまむ。俺の手より大きい手だ。紙の端を持つ。
「読めるのか」
「少し」
バドは紙を見る。
文字を追う。
顔をしかめる。
「わかんねえ」
そう言って紙を揺らす。
紙が軽く音を立てる。
俺は手を出した。
「返して」
バドは紙を持ったまま立ち上がった。
「なんで」
取り巻きの一人が言う。
「無能スキルの勉強か?」
もう一人が笑う。
「解析だろ」
三人で笑う。
バドは紙束を持ち上げた。布がほどける。何枚か床に落ちる。紙が擦れる音がする。
俺は立ち上がった。
「返せ」
バドは紙束を持ったまま後ろへ下がる。取り巻きが入口をふさぐ。
「破れそうだな」
バドが紙の端を引いた。
紙が少し曲がる。
俺は前に出た。
手を伸ばす。
バドが腕を上げる。
届かない。
「ほら」
紙をさらに引く。
端が少し裂けた。
細い音がする。
胸の奥が強く動いた。
手が勝手に前に出た。
俺はバドの腕をつかんだ。
袖の布を握る。
バドが驚いた顔をした。
すぐに腕を振る。
俺の体が横にずれる。
肩が木箱に当たる。
箱が少し揺れる。
取り巻きが言う。
「触るな」
背中を押された。
前に倒れる。
手を床につく。
バドが笑った。
「怒った」
紙束を持ったまま外へ出る。取り巻きも後ろにつく。
俺は立ち上がった。
外へ走る。
広場まで来る。
バドたちはそこで止まっていた。
バドは紙を一枚持っていた。
風で紙が揺れる。
「ほら」
バドが紙を引く。
紙が裂けた。
乾いた音がする。
取り巻きが笑う。
俺は走った。
バドの腕をつかむ。
バドが振り払う。
腹に木剣の柄が当たる。
息が止まる。
膝が曲がる。
砂が靴に入る。
バドは紙をまた引いた。
裂け目が広がる。
「こんなもん」
そう言って紙を放った。
紙が空に舞う。
風で回る。
俺はそれを追った。
地面に落ちる前に手を伸ばす。
指に紙が当たる。
拾う。
裂けている。
線が途中で切れている。
もう一枚、少し離れた場所に落ちた。
それも拾う。
広場の端で誰かが見ていた。
でも誰も来ない。
バドたちは笑いながら歩いていった。
木剣を肩に乗せている。
広場に残ったのは俺と紙だけだった。
風が吹いた。
裂けた紙が少し揺れた。
俺は紙を両手で持った。
裂け目を合わせる。
線が途中で切れている。
手が少し震えていた。
指に紙の粉がつく。
遠くで犬が吠えた。
広場の井戸の縄が風で揺れた。
俺は裂けた紙を胸に押しつけた。
布に包む。
納屋へ戻る。
床に座る。
裂けた紙を広げる。
端を合わせる。
線は切れている。
でも形はわかる。
俺は石を置いた。
丸い石。
小さい石。
裂けた線の続きを、自分で石で作った。
納屋の中は静かだった。
風の音だけが聞こえた。




