第4話 見張り台
納屋の入口に立っていた父さんは、しばらく動かなかった。腕を組んだまま、床に並べた石を見ている。俺も動かなかった。石を触る手も止めたままにする。納屋の中は静かだった。外の風の音だけが聞こえる。
父さんが一歩中に入った。靴の底が土を踏む。乾いた音が出る。入口から入る光が少し遮られる。
父さんは腰を曲げて、床の石を見た。丸い石が四つ。小さい石が三つ。紙の上の線と同じ形に並べてある。父さんは指で一つの石を軽く押した。石が少し動く。
「これは?」
俺は紙を指さした。
「ここ」
紙には線が引いてある。川の線。丘の線。小さい四角。兵の位置を示している印だ。俺は紙と同じように石を置いた。
父さんは紙を持ち上げた。紙は少し曲がっている。角が擦り切れている。父さんはしばらくそれを見ていた。
「読めるのか」
「少し」
「全部じゃないな」
「うん」
父さんは紙を箱に戻した。ふたを閉める。木が当たる音がする。
「外に出ろ」
そう言って、父さんは納屋を出た。俺も後ろから出る。外の光が目に入る。少し眩しい。手で額を押さえる。
家の裏は広い空き地になっている。薪の山。斧台。壊れた荷車の車輪。古い桶。いろいろ置いてある。地面は踏み固められている。ところどころ草が出ている。
父さんは地面に足で線を引いた。靴の先で土を削る。細い線ができる。
「ここが村だ」
丸い線を描く。
次に少し離れた場所にもう一つ線を引く。
「ここが森」
さらに遠くに線を引く。
「こっちは丘」
父さんは小さい石を拾った。地面に三つ置く。
「これが敵」
次に別の石を四つ置く。
「これが村の連中だ」
父さんは腕を組んで俺を見た。
「どっちが勝つ」
俺は地面を見る。石の位置を見る。森の線。丘の線。村の線。
敵の石は森の近く。
村の石は開けた場所。
俺は一つの石を動かした。
「森の中に入る」
父さんは何も言わない。俺の手を見る。
俺は石を二つに分けた。一つは森の中へ。もう一つは丘のほうへ動かす。
「こっちから来る」
父さんが聞いた。
「なぜ」
俺は丘を見る。村から丘までは少し坂がある。森は木が多い。隠れられる。
「見えない」
父さんは少しうなずいた。
「続けろ」
俺は村の石を動かした。
二つを丘のほうへ。
二つを村の前に置く。
「分ける」
父さんが聞く。
「なぜ」
「全部こっちにいたら」
俺は森の石を指した。
「回られる」
父さんは腕を組んだまま、しばらく地面を見ていた。風が吹く。土の線が少し崩れる。
父さんが石を一つ動かした。
「敵が多かったら」
俺は少し考えた。石をもう一つ拾う。敵の側に置く。
「多い」
父さんがうなずく。
俺は村の石を後ろへ動かした。
「引く」
「どこへ」
俺は村の丸を見た。次に丘を見る。森を見る。
丘の後ろに石を置いた。
「ここ」
父さんが聞く。
「なぜ」
「狭い」
丘の後ろは道が細い。二人並べばいっぱいになる。
父さんは石を見ていた。風がまた吹く。地面の砂が少し動く。
父さんは石を拾って、元の場所に戻した。
「覚えておけ」
そう言った。
「地面を見る」
父さんは足で地面を叩いた。乾いた音がする。
「道を見る」
村の道を指さす。
「森を見る」
森のほうを見る。
「それでだいたい決まる」
俺はうなずいた。
父さんはもう何も言わない。斧台のところへ戻る。斧を持つ。薪を置く。振り下ろす。木が割れる。
その日の夕方、村に馬が来た。蹄の音でわかる。土の道を速く走る音。村では馬はあまり見ない。荷車の馬くらいだ。
俺は家の前に出た。父さんも斧を止めて道を見た。
馬は広場で止まった。乗っていたのは兵士だった。鉄の帽子。革の鎧。腰に剣。馬の鼻から白い息が出ている。
村長が家から出てきた。杖を持っている。兵士と話す。声はここまで届かない。でも様子はわかる。村長の顔が固い。
父さんはしばらく見ていた。それから斧を地面に置いた。
「呼ばれるな」
小さく言った。
しばらくして、村長がこちらへ歩いてきた。父さんの前で止まる。帽子を取る。
「ガルド」
父さんがうなずく。
「国境で戦が始まった」
村長が言う。
「兵が足りん」
父さんは何も言わない。
村長は続けた。
「元兵士は全員呼ばれる」
風が止まっていた。村の音が遠くなる。広場のほうで馬が鼻を鳴らした。
父さんは少しだけ空を見た。それから村長を見た。
「いつだ」
「三日後」
父さんはうなずいた。
「わかった」
それだけ言った。
村長は帽子をかぶり直した。何か言いかけてやめた。それから広場へ戻った。
父さんはしばらくその場に立っていた。斧はまだ地面に置いたままだった。俺は父さんを見ていた。
父さんは俺のほうを見た。
「三日だ」
それだけ言った。
夕方になると、村の空気が少し重くなった。昼のあいだは普通に畑の仕事をしていた人たちも、広場の近くで立ち止まることが増えた。小さい声で話している。名前がいくつか聞こえる。呼ばれるかもしれない男の名前だ。
家の前の道も、いつもより人が通る。桶を持った女。鍬を肩に乗せた男。荷車を押す老人。みんな歩く速さが少し遅い。
父さんは斧を納屋の横に立てかけた。刃に布を巻く。縄で軽く縛る。道具箱を開けて、小さい油壺を取り出す。斧の柄に油を塗る。布で拭く。いつもより丁寧だった。
母さんは家の中で袋を出していた。古い麻袋だ。卓の上に広げる。干し肉を三つ。乾いた豆を小袋に入れる。塩の包み。布の替え。全部袋に入れる。
俺は戸口に立っていた。外を見る。空は少し赤い。雲は少ない。風は昼より弱い。
父さんが袋を持ち上げた。重さを確かめる。肩にかける。母さんは袋の口をもう一度結び直した。
「足りるかね」
母さんが言う。
父さんは袋を軽く揺らした。
「重いくらいだ」
母さんは少しうなずいた。
それから、父さんの袖のほつれを見つけて、指で押さえた。針を持ってきて縫う。糸を引く音が小さく聞こえる。
外が暗くなり始めた。家の中の火を少し強くする。薪を一本足す。火がはぜる。煙が少し出る。
父さんが俺を見た。
「来い」
それだけ言った。
俺は上着を取った。戸を開ける。外の空気は昼より冷たい。
父さんは家の横の道を歩いた。俺も後ろをついていく。村の道は暗くなり始めている。家の窓から火の光が漏れている。犬が一匹、道の端で丸くなっている。
広場を通る。昼のざわめきはもうない。井戸の桶が一つ置きっぱなしになっている。風で縄が少し揺れる。
父さんは広場をまっすぐ抜けて、西の端へ向かった。そこに見張り台がある。木で組んだ高い台だ。梯子がついている。上に小さい屋根がある。
父さんは梯子を登った。
俺も登る。梯子は古い。足を乗せるたびに少し鳴る。手で横木をつかむ。木が冷たい。
上に着くと、村が全部見えた。
家の屋根。畑の形。道の曲がり。井戸の位置。全部下にある。
風が少し強い。上は遮るものがない。服が揺れる。頬が冷える。
父さんは台の縁に立った。
腕を組む。村を見る。
「見えるか」
俺も縁に立つ。
村を見る。
「見える」
父さんは指で示した。
「あそこ」
村の南側だ。柵がある。低い柵。木の杭を並べただけのものだ。
「あれは弱い」
父さんが言う。
「なぜ」
俺は柵を見る。杭の間が広い。少し傾いている場所もある。
「壊れる」
父さんがうなずく。
「そうだ」
父さんは今度は北の森を指した。
「あそこ」
森の木は密だ。中は暗い。
「見えない」
父さんが言う。
俺はうなずく。
「隠れる」
父さんは少しだけ笑った。
「その通りだ」
父さんは次に道を指した。
村へ続く道。東から来る道だ。荷車が通るから、土が固くなっている。
「ここは速い」
父さんが言う。
「走れる」
俺は道を見る。確かに広い。石も少ない。
父さんは腕を下ろした。
「戦うとき」
父さんは村全体を指した。
「これを見る」
森。
道。
丘。
柵。
父さんはゆっくり言った。
「人じゃない」
俺は父さんを見る。
父さんは村を見ている。
「地面だ」
風が吹く。見張り台が少し揺れる。木が軋む音がする。
父さんは続けた。
「人は変わる」
父さんは拳を開く。
「逃げる」
拳を閉じる。
「怒る」
腕を下ろす。
「でも」
父さんは足で床を軽く踏んだ。
「地面は変わらない」
俺はもう一度村を見た。
家。
柵。
道。
森。
父さんが言った。
「覚えろ」
俺はうなずいた。
父さんは少し黙った。
風が強くなる。遠くで犬が吠えた。
父さんは最後に言った。
「お前は剣は強くない」
俺は黙って聞く。
父さんは村を見たまま言った。
「でも」
父さんは森を指した。
「見るのは得意だ」
俺は何も言わなかった。
風が顔に当たる。頬が冷たい。
村の灯りが一つ、また一つ増える。
夜になり始めていた。
父さんは梯子に手をかけた。
「降りるぞ」
俺も後ろについて降りた。梯子の木が手の中で冷たい。地面に足がつくと、風が弱く感じた。
家へ戻る道を歩く。
村は静かだった。
父さんの足音だけが、土の道に続いていた。




