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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

せぬまれ

掲載日:2026/02/01

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なに? 今は写メとはいわない? ふつーに「写真」で構わないと?

 むむむ……なんでこれまで使っていた言葉的に意味が通じるのに、どんどん死語だのなんだのになっていくんだ?

 そりゃスマホになってからメールはほぼLINEとかに代用されて、言葉に出ることもなくなるが、本質的にいっていることは似たようなものだし、わざわざ揚げ足取らなくても通じると思うのだけどね? ううむ、言葉も生き物というわけか。


 しかし、こうして前にあったものを次々と追いやっていくとき、その死体はどこに行くのだろうね?

 物理的な死体とは異なり、言葉はその場に浮かんでは消えていくもの。せいぜい発声のときに出るツバとか空気の震えによって存在しているといえるが、実体を伴うか? と聞かれたら微妙なところだろう。

 使われない言葉たちをどのように扱うか。ほとんどの人は気にかけずに過ごし、それで問題がないのだが、ときには世話してやる必要もあるのかもしれない。

 私の昔の話なのだけど、聞いてみないか?


「せぬまれ」という言葉、知っているかい?

 う~ん、知らないか。こいつは我々の地元でいうところの「死語」なわけだが、とりわけ特別な力を持っているものなんだ。

 その起源については諸説ある。人の名前であるということもあれば、その人が用いた道具の名前、あるいは起こした現象そのものを指すのだと。

 ただ、せぬまれがかつての地元を形作った存在であるという点は共通している。単に土地を切り拓いたとか支配者として地盤を固めたとかじゃなく、もっと根本的な部分。その地域にいるすべての命を作った、とされているのだってさ。

 まあ昔話というより、神話や伝説のごとき性質を帯びているといえるだろうな。それだけに、めったに起きない奇跡である。「まれにだって、やらない」ということで、まれにもせぬ。そこから「せぬまれ」と呼ばれるようになったとか。

 が、やらないことは存在しないことと同一にはならない。

 もはや表に出ない、「せぬまれ」に対してやっておくべきことがある。


 これは2か月に前後に1回のペース。雲ひとつない晴れ渡った空が広がる夜に行う。

 地元には各家に編み細工のつづらが用意されていてね。それを行うときには空の下でつづらのフタを開いて、「せぬまれ」とひとり5回繰り返して、空っぽのつづらの中身に向けて言い放つんだ。

 その後、近所の神社さんへつづらを持っていき、新しいつづらと交換してもらってまた家に寝かす。次に出番がやってくるまでだ。

 小さいころに聞かされた話だと、これは「せぬまれ」の封じを強化する意味合いがあるらしいんだよ。

 言っただろう? せぬまれは地域にあるすべての命を作ったと伝わっているって。それはつまり、みんなせぬまれの因子なり遺伝子なりを持っているってことさ。

 せぬまれが、まれにもやらないのはこの世に干渉する身体を失っているから。今でもスキあらば表に出てこようとしていて、我々のような地元で生まれ育った者は、この地に長くとどまるときに、せぬまれの因子が育っていってしまうんだ。

 ゆえに、このつづらを用いた方法で因子を吐き出す。このときは、はっきりとしたものはあらわれないが、神社に渡すときのつづらはたちまち元の色を失っていくから、それで分かる。

 まるでビデオの早回しのように、黄土色の編み木たちが黒ずんでいくから、その異様さは見て取れるな。同時に、せぬまれにまつわる話もまんざら迷信でもないことを、毎度自覚させられる。


 ――もし、放っておいてその地で過ごしているとどうなるか?


 皆が律義にやり続けているおかげで、ここ200年あまりはそのような事態にならずに済んでいるようだ。

 だが、伝わっている話だと「さなぎ」になってしまうのだという。

 さいごの被害者と伝わる少女の場合だと、冬の朝に布団の中からなかなか出てこず、親が一度見ていったとき、布団の中でうつぶせになりながらも、腕立て伏せをするような体勢かつお尻を持ち上げていたから、布団の内からおおいにもりあがっていたらしい。

 いかにも、起きなくてはいけないが、どうにも踏ん切りがつかない格好だったとか。

 ちょっとしたら起きなさい、と声をかけていったん母親は離れたらしいが、ほどなく娘の悲鳴を聞いて部屋へ駆けつけ、息を呑んだ。


 掛布団はすべて放り出されていたが、そこに娘の姿はなく、白と赤がふんだんに入り混じった「さなぎ」がそこにうずくまっていたそうだ。

 そう、うずくまっていた。なぜならそのさなぎはうずくまった娘の背中が大いに裂けた部分を出どころとしていたからだ。

 そこに埋まっているべき背骨。これが大いに血をまぶされながら娘の背中より飛び出すのみならず、前後左右へ大きく広がって、背中以外の娘の身体を覆いつくしてしまっているのだから。

 娘の声はくぐもりながらも聞こえるが、それはもはや意味をなさないうめきと変わらず。とっさに飛びついて引きはがそうとした母親も、触れたとたんに骨のさなぎから飛び出す、大小の小骨の針らしきものに、身体を何か所も刺されてひるんでしまったという。

 それからすぐ、その場に骨の破片と大量の血のり、乱された布団を残してさなぎはぱっと消えてしまったらしい。

 娘もそれ以降、行方が知れぬままだったという。おそらくは、「せぬまれ」の身の一部として、まれにでも行うことのない、「そのとき」の準備に使われるのだろう、と。

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