2 からっぽの少年
「なーんでたまにしかない休日返上してこんなとこまで調査に来ないといけないんすかぁー...」
「仕方ないだろ、俺だってまだ寝ていたいさ...」
草藪をかき分け進む。
数十メートルを超えよう木々たちに、自分たちの身長よりも高い草が生い茂る森。
一見すると普通の森に見えるが、明らかな違和感を感じる。
辺りを見回すと明るく、上を見ると空が殆ど見えない。 これは木に生える葉がまるで天井のように上一面を覆っているからだ。
「なんで毎月こんなとこまで見に来ないと行けないんすかねぇー?どーせアレが無くなってたら人類滅亡は運ゲーなのに」
「なんでなんでうるさいぞ若造...!...運ゲーってなんだ?」
「んー、何度来ても慣れないな、長くいると頭がおかしくなりそうっす...」
目を擦って目の正常を確認する。
普通に考えれば陽の射さない森の中は薄暗くなっているはずだが、森の中はまるでどの方面からも光を受けているかのように、発光している訳でもなければどの部位から見ても陰になっている場所がない。
「...もうすぐだ、気を抜くなよ」
早歩きで進む。
森の中は静寂に包まれ、獣どころか鳥の鳴き声すら一切しない。その他木や葉が擦れるザワザワとした森特有の音も聞こえることはなく、森周辺では風が一切吹いていない事がわかる。
「...何度見ても、でかいっすねぇ~...」
森を抜けると、突然現れた一本の光る巨木。
一本とはいえど、その大きさは想像を絶する。
目の前にそびえる巨木は、一本の木という事実を知らなければ、山や壁と見間違えても仕方がないほどに大きい。高さに至っては木の幹が分かれるよりも前に雲を突き抜けている為、全くもって予想することが出来ない。
その直径を首を動かさずに視認できる程度にはまだ遠い。
しかし、そのあまりの巨大さによって目が錯覚を起こしてしまいそうになる。
「...休憩は終わりだ、さっさと行くぞ。」
巨木を囲む円状の地帯には、見えない境界線を可視化するようにある一定のラインから高い木々が生えなくなる。
更地という訳ではなく、芝生程度の草とカラフルな花々が生い茂る。
人はこの場所を〈楽園〉と呼ぶ。
ひと月に一度、ここを訪れ出してから2年程立つ2人だが、未だに獣道のように踏み均した道が出来ない。
毎回新たに咲いた花を踏み潰しては、ほんの少し気に病む。
「「..."神聖なる竜の祖よ、我ら人の子の侵入を赦し給え"」」
巨木の前に到着し、中の空洞へ足を踏み入れる前に祈りを捧げる。
「...さて、お邪魔しますよ〜っと...」
「馬鹿、口を開くな」
中は外にも増して輝いており、眩しささえ感じる程だった。靴を脱いで静かに木の中に立ち入り、無言で奥へ進む。
目的地に到達、視界に映ったのは最悪そのものだった。
「...!!そんな、まさか....!!」
巨木の最奥に秘められたモノ。それは繭だった。
太古、神話の祖竜が己が力を呪い自らを封じた繭。
その繭に人一人分程度だろうか、穴が空いていた。
「せ、せせせ先輩、こ、これって...」
「...くっ!まずいことになった!!大至急本部に戻るぞ!!」
「あの、先輩、声が...」
「何を目覚めさせない為にッ!!?」
「...くそぉぉっ....!」
国王軍調査団長イネス、副団長カラシンの報告により、数日中に全世界へ最大限の警戒をするよう連絡され、人類は突如として滅亡の恐怖に襲われる事となる。
...が、恐怖も束の間、人類を危機に陥れる恐怖の大魔王が現れることはないまま10年の月日が経ち、いつの間にか人々は元の暮らしを取り戻していた。
「ホロイ、そっち行ったぞ!」
「わかった!」
森の中を駆け、熊を追う二人の狩人。
「いただきますっ!!」
自分の背の倍はありそうな弓の弦を弾き絞って穿つと熊の首が飛んだ。
「...ホロイ、狩った獣に感謝をするのは良いけど、そいつは食事の時にするもんだ...」
「あれ、そうか...わかった!じゃあ、ありがとうっていえばいいの?」
「いや...普通、自分が殺す相手に一々感謝なんて伝えないもんだが...」
ぽりぽりと頭をかく、鼻から頬にかけて一文字の傷痕を付けた女性。
「でもっ、ぼくはくまからおにくをもらうだけだからありがとうのきもちしかないよ?」
「ん、ああ...そうだな...」
地面に転がる死体は目も当てられぬような惨状だが、熊からしてみれば弱点を細い矢で何度も貫かれ痛めつけられて死ぬよりはマシだったのかもしれない。
「ったく、一体お前はどっから来たんだ...」
ホロイと呼ばれる少年は、世界樹の繭が孵った恐怖を忘れた頃にこの村にふと訪れた。
現れたかと思うと今度は村で暴れていた猪を吹き飛ばし、あっという間に村の人気者。
容姿は八~十歳程度の少年に見えるが、村に現れた頃はまるで獣のようだった。四足歩行で、話すこともできない。
自分の生まれも親も自分の事情も何も覚えていないそうで、村の人々は助けてもらった恩などすぐに消え失せ、狼の子だの忌み子だなんだと気味悪がって村の嫌われ者の女狩人であるリシテアに面倒を押し付けたのだ。
「センス、身体能力共に凄いな...どっかの戦士か貴族の息子が頭でも打ったか...?」
ホロイは戦闘センスがずば抜けている。というか膂力が人間のそれではない。
一度の跳躍で木の上に上り、弓で熊の太い首を吹き飛ばし、空を飛ぶ鳥を追い越す速さで走る。
狩りの仕方はリシテアが教えたが、自分が十数年行ってきた狩りのレベルに一年で達した。
教えられる方が独学に比べて覚えが早いのは当然かもしれないが、それにしてもだろう。
正直嫉妬する程だ。
「さっさと記憶取り戻せよな...」
「リシテアは、ぼくにいなくなってほしい?」
本当に真っ直ぐな瞳だ。
悲しいのか、好奇心が湧いているのか、嬉しいのか、何も思っていないのか分からない。
この子は、力とは別に何かある気がする。
なんの根拠も無い、突拍子も無い考えが頭に浮かんだ。
「...そうは言ってないだろ」
歯を見せる顔を作って頭をわしゃわしゃと撫でる。
ホロイは目を瞑ってそれを受け入れる。
薄紅色の頬だ。
1番不安なのはホロイなのになあ。
「...ぼくはリシテアがいればいいよ」
「...!ったく、いい子ぶっても今日はどうせ熊肉だからな」
「熊肉!シチューがいい!!」
熊肉は固くて臭みが強い。
「お前が来てからずっと調子狂ったままだぜ...わぁーったよ」
「やったーーーっ!!」
大男にも負けない体格の女と、その背丈の半分にも満たない少年。
女は腰に剣、背には大弓と矢袋を携える。少年は丸腰で、首の無い熊を両手に持って飛び跳ねていた。
更に二年後。
「僕はわかるけどさぁ、リシテアはなんで嫌われてるの?」
「人間っつーのは嫌な事を人に押付けておきながら嫌なことをやってる奴も皆で嫌って安心する生き物なのさ。」
「へー、よく分からないや」
「お前はそれでいいよ」
「...なら、なんでリシテアは僕を助けたの?」
「お前と同じく化け物なのかもな」
「へへ、なら良いや」
この頃稽古を付ける度にケガが増えてきた。
質が上がっているだけじゃなく、ホロイの成長速度がおかしいのだ。否、成長と呼んでいいのか。
筍が見る度伸びていく様な生易しい物では無い。芽が出た次の日林になっているような、はたまたそれを斧で割った拍子に枝分かれで増えて伸びるような。
兎にも角にも言い難い、形容し難い、容認し難い。
これは知らないものを覚える成長というよりも、忘れたものを思い出しているような感覚だ。
寝ていた虎...を、覚醒めさせているようで。
そして、同時にある一定以上先に進んでは行けない崖に向かって走っているような気がしてならない。
「...リシテアは、僕から居なくならないよね?」
「...」
「...!ごめん、僕、今日の夕飯取りに行ってくるね」
少し寂しそうな顔をして、逃げるように外へ出ていった。
リシテアは自分が一瞬何を考えていたのか分からなかった。見た目など2年前、4年前と何も変わらぬ小さな子供なのに。
...育ち盛りじゃないのか?あの年頃の男の子供が、4年も経って何も姿が変わらないなんて有り得るか?
「痛っ...!」
絨毯の上で硬い何かを踏んだ。
足の裏から軽く出血している。
足に何かが刺さっていた。金属でもガラスでもないが、薄くて鋭かった。質感は軽い。
「...これは....?」
「いってて、なんでこんな所に鱗が...!」
この頃蛇は食べていないが、どうして鱗なんかが地面に落ちている?家の中に蛇でも居着いただろうか?
耳のいいリシテアが耳を澄ましてみるが、人の足音以外家の近くで生物由来らしき物音は聞こえない。
寝ていたら分からないが。
「おっとと、忘れ物忘れ物〜...あれ、リシテア、どうしたの?」
玄関のドアが開き、狩りに行ったはずのホロイが帰ってきた。
「ああ、ちょっと鱗みたいなのを踏んじまってな。足の裏がちょいと切れちまったみたいだ。」
「ええ!?ごめんね、大丈夫?」
「ああ...え?」
ホロイの言葉に、リシテアは一拍遅れて反応する。
「...お、あったあった、矢忘れちゃってさ。じゃ、いってきまーす!」
「待て」
リシテアがホロイの手を握って止めた。
ホロイは少しドギマギしたように困った素振りを見せる。
「ど、どうしたの?痛い?薬草も取ってこようか?」
「...肉ならまだあるさ。秋だって食い切ってからにしないと、倉に入れてるったって腐っちまう。」
「あ!そっか...そうだね。じゃ、やめよう。」
「お前さ」
「う、うん」
「なんでずっと長袖なの?」
思いもよらぬ、予想外の質問に動揺する。
「え!?い、いや、僕寒がりじゃん、だから」
「ごめんってなんだよ」
下を俯いたまま言うリシテア。
「え?」
「私がただ落ちてたもん踏んだだけなのに、なんでお前が謝った」
「あ...それは...」
腕を掴み、袖を捲ろうとするとホロイは必死にそれに抵抗する。
「リシテア...!やめてよ...!」
「...」
ホロイが右手で袖を掴み、左腕を隠そうとする。
目を合わせないまま、自由に使える左手でホロイの着る服ごと破った。
首から伸びる白い肌。引き締まった細い身体。腹筋は割れていない。出会った頃と変わらない、少年の身体...ではない。
あばら骨辺りと二の腕、前腕にかけて、乳歯のように魚や爬虫類のような鱗が生えてきていた。
リシテアはホロイの腕を掴んだまま、視線を落とした。手の中には、先程自分の足を切ったあの小さな鱗。
少しずつ、ゆっくりとホロイの胸元に鱗を合わせていく。透明から段々と白くなっていく美しいグラデーションが、ピッタリと合わさった。
気付けばホロイは抵抗をやめていた。ただ、睫毛を伏せたまま、まるで呼吸を忘れているようにじっと立っていた。
リシテアは深く、長く息を吐いた。そして、目を逸らさずに言った。
「...なんで隠してた」
ホロイは一瞬だけ、リシテアの顔を見た。
ほんの一瞬だった。しかし、これまでの日常が、信頼が、一瞬にして蝋燭の火のように揺れる不安定で弱々しいものになったのだと悟った。
「言ったら、一緒に居られなくなると思って」
リシテアの喉が微かに動く。吐く言葉を選ぶように、唾を飲み込む音すら押し殺すように。
「...そうか」
リシテアは十年前、全世界を恐怖に陥れたあの通告を思い出していた。
繭から孵った生物は、人型の可能性があると。
時系列、ホロイの事情共に薄らと合点が行ってしまったのだ。
ホロイは、世界に破滅を齎す禁忌の竜なのかも知れない。




