第八話 水面下で動くもの
クレイは、まず情報を集めることにした。クラヴィスに報告するにせよ、現実がゲーム知識の通りかを確認しなければならない。もし違っていたら、いたずらにクラヴィスからの信頼を失うことになる。職を失う可能性も高いし、最悪、首が飛ぶ可能性もゼロではない。
クレイは派手な行動を避けた。ただの平民が暗殺者ギルドや闇マーケットの存在を探ろうとすれば、それだけで不審者として弾かれる。情報屋を気取るほどの金も、顔も、後ろ盾もない。あるのは、長年の奉公で培った「目立たず、人に溶け込む」術だけだ。
適当な古着屋でいくつか無難な服を見繕い、着替える。公爵家で支給される衣服は、ただの平民には少し上等すぎるからだ。
最初に向かったのは、城下の外れにある古い酒場だった。労働者や日雇い、運び屋が集まる場所で、貴族の姿はほとんど見られない。クレイにとっては、むしろ居心地のいい空間だ。
粗末な椅子に腰掛け、安い酒を一杯頼む。それだけで、彼は「ただの平民」に戻れる。
耳を澄ませる。クレイにとって、情報は求めるものではなく、零れ落ちるものだ。
「最近、夜の見回り増えたよなあ」
「近頃は物騒だからな」
「南街の貸金屋が強盗に入られたってな。犯人はすぐしょっぴかれたらしいけどよ」
ただの雑談だ。だが、ゲーム知識のあるクレイには、それだけで十分な手がかりだった。
クレイは、頭の中でゲームの展開をなぞる。
この時期、確かに王都で闇商人の小規模な摘発があり、それが後に暗殺未遂事件の手がかりへと繋がっていくはずだった。南街の貸金屋の強盗事件は、この摘発のきっかけになるものとして、ゲームで調べた報告書に載っていた。
次に足を運んだのは、書店街の裏路地にある古書店だった。表向きは魔導書や歴史書を扱う、ごく普通の店。だが、『ヒカオト』では、禁呪書の横流しが行われていた拠点の一つだった。
クレイは客として、何冊かの一般書を手に取る。値段を聞き、少し渋り、結局一冊だけを買う。そのやり取りの中で、店主の指先や、棚の奥に視線を走らせる。
店主の姿は、ゲームの描写と一致していた。くたびれた中年の男で、目の下には濃い隈がある。会話の間中、指で机を一定のリズムで叩く癖も、酷い貧乏揺すりも、ゲームの通りだ。
店の構造も概ね一致している。ゲームで隠し扉につながる仕掛けがあった本棚はそっくりそのまま、仕掛けに関係する本の並びまで同じだった。
店主の格好や店の様子を見るに、資金繰りに困っているようで、禁呪書に手を出す素地も確かにある。
最後に向かったのは、人の出入りが激しい交易広場だった。運び屋、商人、下請け――その中に紛れて、クレイは闇組織の拠点となっている店についての情報を、それとなく聞いて回る。表向きはただの商店や飲食店だ。事情を知らない一般人も大勢利用している。多少であれば怪しまれることもない。
収穫はそれなりだった。少なくとも、ストーリーが始まる二年前である今も、拠点となっている店はすべて存在することが分かった。
王都での情報収集を終えたクレイは、暗殺者ギルドと闇マーケットの情報がほぼゲーム通りである可能性が高いと判断した。
タウンハウスに戻ると、思い出せる限りの情報をまとめ、紙に書きつける。城下に出た際に購入してきた小型金庫に保管し、厳重に鍵をかけた。
翌日、クレイはタウンハウスのクラヴィスの執務室にいた。多忙なはずの部屋の主は、執務机の向こうで静かにクレイを見ている。
――直達状を使ったのだ。
「三日振りか?クレイ。要件はなんだ?」
クラヴィスの声は静かだった。クレイは立ち上がり、懐から二つの紙束を取り出す。執務机の上に並べ、クラヴィスを見つめ返した。
「――王都に存在する、闇組織の情報です。こちらが暗殺者ギルド、こちらが闇マーケット。どちらも違法行為を仕事にしています。闇マーケットでは、禁呪書の取り扱いも始まったそうです」
クラヴィスは目を細め、クレイを注意深く観察した。不可解だった。クレイが王都に来るのは、今回が初めてのはずだ。それがどうして、国すら対応に苦慮している闇組織の情報を持っているのか――冗談では済まされない内容だ。
大部分を占めるのは緊張、それから少しの不安。……悪意は、少なくとも表情や仕草からは読み取れない。
「続けろ」
クレイの持ってきた紙束をめくりながら、クラヴィスは静かに話を聞いていた。クレイは、ひとまず安堵する。一蹴される可能性も考えていたが……どうやら、話は聞いてもらえるようだった。
クレイは淡々と話した。違う可能性もあるが、限りなく信憑性の高い情報だと前置きし、拠点の場所、活動が多くなる時期、暗号の符牒、組織の連絡手段、禁呪書の流通経路――知っている情報はすべて話した。どれも、前世のゲームで得た知識だ。
それを聞いていたクラヴィスの顔からは、次第に表情が消えていった。
「……リーデンバルド家子飼いの諜報部を動かそう。これだけ情報があれば、彼らには十分だ。中央には裏取りが取れてから報告する。どちらも国が長年追っていた組織だ、治安機関と魔導監査局が動くだろう」
クレイの話が終わった後、クラヴィスは静かにそう言った。
それからの数日間、クレイは王都のタウンハウスで軟禁されていた。
「なんでこうなった……いや、まあ、そりゃそうか」
部屋から出るなと命じられた時は驚いたが、改めて考えれば当然の処置であろう。国が長年追っていた組織の情報を、ただの平民であるクレイが持ち込んだのである。それも、あれだけの量だ。合っているにせよ間違っているにせよ、少なくとも野放しにはできないだろう。
(まずったかな……)
軟禁とはいっても、食事は運ばれてくるし、邸内であれば比較的自由が効いた。まあ、監視はつくのだろうが。
クレイは仕える家の邸であまり好き勝手するつもりもなかったので、与えられた部屋で大人しく過ごしていた。客人に近い待遇を与えられていたが、平民根性の根付いたクレイにはむしろ居心地が悪い。数日前までは仲良く談笑していたタウンハウスの使用人たちも、今は遠巻きにこちらを伺うだけだ。
今のクレイにできることは、クラヴィスの判断を待ち――自分が処分されないように祈ることだけだった。




