第二十話 エピローグ
――数年後。リーデンバルド領の一角にある、小さな家で。
玄関の扉が開く音と同時に、家の中の空気がふっと明るくなる。
小さな足音がぱたぱたと駆け寄り、少年の弾けるような声が響いた。
「ぱぱだ!おかえりー!」
父親はかがんで両腕を広げ、息子を受け止める。外の冷たい空気をまとったまま、優しく笑った。
「ただいま。良い子にしてたか?」
「うん!」
誇らしげに胸を張るその姿に、思わず目を細める。
少し離れたところで、ふっくらとしたお腹に手を添えた母親が、穏やかな眼差しで二人を見つめていた。父親は息子を抱き上げると、母親の傍まで歩み寄った。
「シア、体調は大丈夫?」
「ええ。今日はよく動くのよ」
そう言ってお腹を撫でる母親の指先に、小さな胎動が伝わる。父親は息子を床に下ろすと、ずいぶん大きくなった妻のお腹をやさしく撫で、跪いてそっと額を寄せた。
「もうすぐ会えるな」
「そうね。また賑やかになるわ」
少年はその会話を聞いて、ぱっと顔を輝かせる。
「ぼく、おにいちゃんになる!」
父親は息子の頭に手を置き、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。ママのことをたくさん助けてあげような」
家族の笑顔が重なり合う、静かで満ち足りた時間。
少しして、少年は子ども部屋に駆けて行った。二人きりになった夫婦は、並んでソファに腰を下ろす。
「ねえあなた、私、今が一番幸せよ」
妻の柔らかな声に、夫は少し揶揄うように声音を作った。
「私もです。フェリシアお嬢様?」
「もう、その呼び方はやめてって言ったでしょう」
フェリシアは軽く頬を膨らませながらも、口元は笑っている。幸せに満ち足りた表情だった。
「冗談さ。愛してるよ、シア。毎日が人生で一番幸せだ」
夫は――クレイは、やさしく目を細めた。目の前で微笑むフェリシアの、その幸福そうな表情がクレイの胸を満たして行く。彼女の幸せをこの手で作り出せることが、これほど自分を幸福にしてくれるとは思わなかった。
フェリシアに身を寄せて、その大きなお腹をやさしく撫でる。
「この子が生まれたら、きっともっと幸せになれる」
「ふふ、そうね。ああ、そう……収穫の時期が終わったら、お兄様が来て下さるそうよ。今日お手紙があったの」
「そうなのか、久々に紅茶の腕をふるう機会が来たな」
そのとき、奥の部屋から元気な声が飛んできた。
「ねえぱぱ!きてー!」
クレイは立ち上がり、フェリシアを振り返ってにこりと笑う。
「かわいいお坊っちゃまがお呼びだ。行ってくるよ」
「ええ」
その背中を見送りながら、フェリシアはそっとお腹に手を当てた。それに応えるように、ぽこん、と胎動が伝わってくる。
家の中には、これからさらに増えていく笑い声の気配が、やさしく満ちていた。
――Fin.
これにて本編完結となります。
後日番外編を数話投稿予定です。よろしければお付き合いください。




