第十九話 兄の贖罪
――約一週間前。王宮の一角、アレクシスの私室において、二人は向かい合っていた。
第一王子、アレクシス・エンジェリア。部屋の主である彼の目の前にいる青年は、父王の覚えもめでたい優秀な外交官であり――国一番の大貴族リーデンバルド家の嫡男である、クラヴィス・リーデンバルドその人だった。
部屋には重厚な静けさが満ちていた。高窓から差し込む光が、磨き上げられた床に淡く反射している。
クラヴィスは姿勢を正し、まっすぐにアレクシスを見ていた。躊躇いはなかった。
「この婚約破棄と……フェリシアとクレイを我が領で匿うこと、これをお認めくださるならば――私は、生涯アレクシス殿下に尽くすと誓いましょう」
空気が張り詰める。その言葉の重みを測るように、アレクシスは肘掛けに頬杖をつき、じっとクラヴィスを見下ろした。
「……クラヴィス。本気か?」
「御前で嘘など付けますまい。――こちらが誓約書です。ご確認を」
試すような問いにも、クラヴィスの表情は揺れない。
クラヴィスから差し出された書状を側近が受け取り、アレクシスのもとへ運ぶ。
羊皮紙に記された条件は簡潔で、しかし重い。どれもが取引に示す覚悟として、十分すぎるほどだった。
「……ふむ、妥当なところだろう。……しかし、お前が妹にここまで甘いとは知らなかったな」
アレクシスは口元に揶揄うような笑みを浮かべた。クラヴィスの提示した代償は、実質的な政治的自由の制限だ。それを妹の駆け落ちと引き換えにするとは、優秀な外交官として名高いクラヴィスにしては、随分と甘い判断だと言えよう。
その言葉に、クラヴィスは一瞬だけ目を伏せた。そして、低く、静かな声で答える。
「……贖罪ですよ。私の持てるすべてでフェリシアを守ると、約束しましたからね」
クラヴィスは顔を上げた。その翠の瞳には一切の迷いがない。次の瞬間、クラヴィスは挑戦的に笑った。
「そのためであれば、殿下の子飼いにくらい、いくらでもなりましょう」
その率直さに、アレクシスは喉を鳴らして笑った。
「ふ、相変わらずだな。まあ、損はさせないさ」
アレクシスのその言葉は、許可であり、取引の成立を告げるものだった。
クラヴィスは深く頭を垂れる。その背には、次期領主としての責務と、兄としての覚悟、そのすべてが静かにのしかかっていた。
彼は知っている。
この選択こそが、フェリシアとクレイ、そして彼らの本当の幸福を守る、唯一の道であることを。




