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第十一話 任せるに足る人


 フェリシアは、休暇のたびにますます美しくなって帰ってくる。

 懸念していたアレクシスとの仲も問題はないようで、最終学年に上がる前の、学園二年生の春季休暇の際は、アレクシスが公爵邸に訪れたこともあった。


 アレクシスは、スチルでさんざん見てきたクレイも思わず見惚れてしまうほど整った容姿をしていた。代々の王家の人間に違わず金髪碧眼を持つアレクシスは、まさに絵に描いたような王子様だ。――いや、実際、この国の第一王子殿下であらせられるのだが。


「やあ、君がクレイかい。フェリシアから話は聞いているよ」


 畏れ多くもそうお声がけいただき、クレイは恐縮しっぱなしだった。公爵家の使用人として、貴人の前に出して恥ずかしくないだけのマナーは身に着けているが、さすがに王族となると緊張もひとしおだ。握手を求められた際に触れたアレクシス殿下の御手は、貴族のものとは思えない硬さだった。そういえば、ゲームのアレクシスは剣術も魔法も一流だったことを思い出す。

 アレクシスは終始穏やかな笑みを浮かべているのに、雰囲気は支配者のそれだった。


 アレクシスは、公爵邸でフェリシアとのお茶会を楽しんで、それからフェリシアとともに遠乗りへ出かけた。乗馬の腕も一流だった。


 アレクシスに並び立つフェリシアは、終始楽しそうな笑顔を浮かべていた。二人の間に飛び交うのは学識と教養に富んだ会話で、クレイには半分程度しかわからない。

 遠乗りの際も、フェリシアはアレクシスと並んで馬を走らせている。クレイはその後ろから二人を見ていた。


 フェリシアの華やかな濃い金髪と、アレクシスの繊細な淡い金髪。二つの金色は、二人の高貴な血筋を示す同じ系譜の色として並びながらも、濃淡の対照は鮮やかだ。色味の違う揃いの金糸が風に揺れ、陽の光に輝いて見える。クレイの目には、その美しい金髪が、二人が確かに同じ世界に生きる者同士であることを雄弁に語っているように思えた。――クレイとは、違う世界だ。

 当たり前のはずのその距離が、少し寂しい。分不相応な感情を、クレイはかき消すように背筋を伸ばした。


「今日は楽しかったよ、フェリシア。じゃあ、また学園でね」

「私もですわ、アレクシス様。よい休暇をお過ごしください」

「フェリシアもね」


 別れ際、アレクシスが差し出した手に、フェリシアがそっと右手を乗せる。アレクシスは、フェリシアの手の甲にそっとキスを落とした。高貴な身分の男性から女性に対する挨拶では、一般的な行為だ。華やかな美貌の二人の、あまりにも自然で優雅なそれは、まるで劇のワンシーンのように美しかった。


 アレクシス殿下を見送った後、クレイは確かな確信を得ていた。

 ――あの方なら、きっとお嬢様を幸せにしてくださる。


 庭園から邸へ戻る回廊は静かで、先ほどまでの華やかさが嘘のようだった。


「クレイは、アレクシス様にお会いするのはこれが初めて?」

「はい。今までで一番緊張しましたね」


 即答だった。実際、今も背筋のあたりが強張っている。声色は平静を装っているつもりでも、内心では一挙手一投足に失礼がなかったか思い返してしまう。そんな様子が伝わったのか、フェリシアはくすくすと小さく笑った。


「大変尊敬できる方でしょう。……実は私も、隣に立つのは未だに少し緊張するの」


 意外な言葉に、クレイは目を瞬いた。学園でともに過ごし、今日もあれほど自然に会話を交わしていたというのに。


「そうなのですか?とてもそのようには見えませんでしたよ。お二人とも、同じ立場で語り合っていらっしゃるようにお見受けしましたから」

「……あら、本当?そう見えたのならよかったわ」


 フェリシアはふっと柔らかく微笑んだ。クレイには、その表情がどこかほっとしたようにも思えた。彼女は今も、アレクシスに相応しい立場であれるかを不安に思っているのかもしれない。

 フェリシアの努力は、よく知っている。クレイが何か声をかけようと口を開きかけた時、フェリシアが不意にぽつりとこぼした。


「でも……公爵領なのにクレイが隣にいないのは、少し変な感じがしたわ」


 少しだけ寂しそうに笑ったフェリシアに、ぎゅう、と心臓が掴まれたように痛かった。

 笑ってほしくて、クレイは慌てて言葉を重ねる。


「殿下がいらっしゃいましたからね。お二人が並んでいらっしゃるお姿は、大変お似合いでしたよ」

「……そうね。ありがとう」


 フェリシアは一瞬、言葉に詰まったように視線を揺らし、それから曖昧に微笑んだ。珍しい表情だった。


「お嬢様?どうかされましたか」

「なんでもないわ」


 フェリシアの表情を伺うようにして訊ねるも、次の瞬間にはいつものやわらかい微笑みに戻っていた。

 ――感情をお隠しになるのが、本当にお上手になった。

 貴族としては良いことなのだろうが、幼い頃のフェリシアを知るクレイは複雑な心境だった。


 ――どうか。アレクシス殿下は、お嬢様が本音をこぼせる相手であって欲しい。


 クレイはただそう願った。王侯貴族の、それも政略結婚ではあるが、互いに信頼できるような関係を築いてほしいと心から思った。


 フェリシアが王都に帰ってからのしばらくは、クレイには世界が色を失ったように思えた。

 だが、いつまでもそうしてはいられない。新学期には、フェリシアも最終学年を迎える。つまり――ヒロインが入学してくる年でもあるのだ。

 今の学園は、ゲームと比べれば平民も格段に過ごしやすくなっているだろうが、何も起きないとは限らない。それに、ヒロインは成績優秀という設定だ、学力試験の順位によっては生徒会入りもあり得る。アレクシスを含め、攻略対象者のうち何人かは生徒会に所属している。生徒会に入っていた方がイベントも多く、攻略が進めやすいのだ。生徒会入りの推薦は学力試験の順位が主な基準だが、この試験、ゲームでは順位に一定のランダム性があるのが厄介だった。頭脳ステータスが同じでも、やり直すたびに若干順位が変わるのだ。序盤の大きな関門である。


 ゲームのフェリシアは、試験の順位こそ高かったものの、平民いじめ等の素行から生徒会入りの推薦が行かなかった。ゲームのフェリシアはヒロインが生徒会入りすると嫌がらせの悪質さを上げてくるが、その理由がこれだった。ちなみに、現実世界ではフェリシアも生徒会入りしている。ヒロインが生徒会入りするのであれば、どうしても関わらざるを得なかった。

 

 生徒会イベント以外にも、春季魔法実践演習、学内総合競技大会、全学合同校外合宿、秋季学力試験、学園祭……ストーリー上の大型イベント、それもクレイが手の出しづらい学園内のイベントが目白押しだ。油断はできなかった。

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