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第十話 守り方


 フェリシアが学園に入学してからのクレイは、フェリシアの傍にいられない分、ゲームのイベントを潰すために様々な手を回してきた。公爵邸からできることは限られていたから、何度か休暇をもらって、その度に王都を訪れていた。学園内に入ることは出来なくても、やれることはたくさんある。

 フェリシアが生まれてから学園に入学するまでの十六年間、ほとんど休みを取らなかったものだから、クレイが頻繁に休暇を取ることはむしろ歓迎されていた。良い職場だった。王都への交通費も宿代も、貯めに貯めた給金があれば困ることはなかった。


 ゲームの学園では、ヒロインの入学時点で平民いじめが横行していた。だが、もともと数少ない平民に対する差別意識はあったものの、数年前はそこまでひどくなかったという。

 その空気が変わったのは、フェリシアの入学以降である。いろいろと拗らせていたフェリシアは、「学生はみな平等」という学園の理念のもとに、アレクシスと話すこともある平民への憎悪を募らせていく。この理念はあくまで表向きのものであり、実際には貴族と平民として一線を引いた対応であったのだが、フェリシアにはそれでも許せなかったのだ。高貴な生まれである貴族はまだしも、ろくな教養もマナーもなっていない平民がアレクシスの視界に入り、あまつさえ会話できる名誉を与えられているのが我慢ならなかった。

 

 フェリシアはそのうち、平民への嫌がらせを始めるようになった。もともと平民をよく思っていない学生も大勢いたのだ。フェリシアは彼らを取り込み、平民を軽視する雰囲気を創り上げていったのだ。ゲームのフェリシアは、性格は悪かったものの、アレクシスの婚約者でいるために不断の努力を重ねていたため、能力は非常に高かった。リーデンバルド公爵家の家格も相まって、学園政治はフェリシアの独壇場だったのだ。

 この惨状に、どうしてアレクシスが介入しなかったのか。学園政治については、王族不介入の原則があるからだ。立場上、学生代表挨拶や生徒会長などの役職は務めるが、あくまで裁可は合理的判断に基づいて行うだけで、王族の個人的な意思や趣向は持ち込まないことが求められる。学園は貴族の子女たちの小さな社交場だ。そこでどのような立ち回りをするのか、王族はそれを観察するだけなのだ。フェリシアについても、それで処罰されないよう立ち回れるのであれば、むしろ政治能力の高さの証明だった。だから、婚約者としての個人的な諫言はしても、アレクシスが表立って立ち回ることはなかったのである。


 そんな状態だったので、学園内の貴族生徒が平民生徒に嫌がらせを仕掛け、それをフェリシアの仕業のように見せかける工作が行われることもあった。ゲームのフェリシアがそれに気づいていたのかは分からないが、小さな嫌がらせであれば気付いていても放置していた可能性が高い。ゲームのフェリシアも、虎の威を借りる狐は気に食わないだろう。だが、自分が主導しているのだから、愚かな狐どももうまく制御する必要があると考えるだろうからだ。

 ゲームでは、この、フェリシアに見せかけた他の貴族生徒のヒロインいじめが発覚するイベントがあった。ゲームではフェリシアがむしろメインとなって嫌がらせをしていたため、フェリシア以外にも敵がいるのだと発覚するイベントだった。だが、今のフェリシアにとってはたまったものではない。


 今のフェリシアが平民いじめを行うとは思えないが、学園にはもともと平民をよく思っていない生徒も大勢いるのだ。彼らに利用されない可能性はゼロではない。学園は貴族の子女たちの小さな社交場だ。やった覚えのないことでも、派閥の力関係次第で白が黒になることはある。真実がどうあれ、利用され嵌められてしまえば、それは政治能力の低さの露呈だった。そうなれば、フェリシアの公爵令嬢としての評価に傷がつくかもしれない。


 フェリシアの政治能力を信頼していないわけではなかったが、それでも彼女が傷付く可能性は出来る限り減らしておきたかった。

 工作には、クラヴィスの名前も大いに使った。王都の闇組織の一件以降、クレイはクラヴィスからある程度の()を与えられていた。クラヴィスは、クレイの謎の知識を、リーデンバルド公爵家にとって――そしてフェリシアにとって有用だと判断したらしい。それ以降、クレイができることは格段に増えた。


 クレイは、クラヴィスから与えられた()を動かし、フェリシアと交わす手紙の中で行動をそれとなく誘導し、時には自ら動き、フェリシアを陥れようとする動きを潰していった。中にはフェリシア自ら気付き、クレイが動くより先に対処したものも多くあった。

 もちろん、討ち漏らしもいくつかあった。ストーリー開始以前の動きは、クレイもすべて把握できているわけではない。()による情報収集によって、ゲーム知識以上の情報が手に入っている場合もあるが、すべてではなかった。最初に報告を聞いた時は血の気が引いたものだったが、続けてフェリシアがすべて上手く対処したと聞いた時は、驚くとともに、フェリシアの成長を誇らしく思ったものだった。


 夏季休暇と春期休暇の折には、フェリシアが公爵邸に帰ってきた。

 学園での話を楽しそうに話すフェリシアの笑顔を見るだけで、クレイはすべてが報われたような気分になる。公爵邸での使用人としての仕事と、フェリシアを守るための様々な工作のダブルワークはなかなか忙しかったが、フェリシアの笑顔一つで、クレイの苦労は融けていくようだった。


 フェリシアが公爵邸にいる間は、クレイは従者としての仕事を行う。フェリシアが学園に入る前のように、いつも彼女の傍にいた。


 日中のフェリシアは、淑女教育のレッスンや学園の課題に取り組んだり、観劇や音楽会に行かれたり。学園の御学友の領地に遊びに行かれることや、逆に公爵邸に招いてお茶会を催される時もある。忙しいクラヴィスも、フェリシアの休暇に合わせて休みがもぎ取れた際は公爵邸に戻ってくるため、兄妹の時間を過ごすこともあった。

 夕暮れには、庭に出て軽く散歩をする。爽やかな風が頬を撫で、夕陽が二人を黄金色に染めた。フェリシアは時折立ち止まり、花や木々の香りに目を細める。クレイはいつも、その姿をじっと見守っていた。守るべき人が安心して笑っている。それだけで、彼にとっては何よりも尊いひとときだった。

 夜、暖炉の前で並んで座り、静かに談笑する時間もある。どんなに忙しい日々の中でも、この休暇のひとときだけは、外の世界の喧騒もすべて消え去る。フェリシアの存在だけが、クレイに完全な安らぎを与えていた。


「ねえクレイ、明日はお兄様と観劇に行くの。――あのね、こっそりクレイの席も用意したのよ」

「……本来なら、お断りすべき立場なのですが。他ならぬお嬢様の願いですからね」


 いたずらっ子のように笑うフェリシアに、クレイは苦笑する。


「隣にいてくれるでしょう?」

「もちろんですよ、お嬢様」


 こうして、夏も春も、公爵邸でフェリシアが過ごしている期間は、クレイにとって最高に幸せな時間だった。彼にとっての世界は、ただフェリシアと一緒にいること――それだけで満ちていたのだ。

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