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銀の錬金術師と静寂の盾  作者: ゆでたーま


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5/20

5話

選抜試験でのぶっちぎりの一位。その結果は学園中に衝撃を与えたが、同時に「持たざる者」が「持つ者」を凌駕したことへの反発も招いていた。

 アルスは変わらず、学園の隅にある『灰色の宿舎』で寝起きしていた。豪奢な特待生寮への移動を提案されたが、「あそこは金属の匂いが足りない」と一蹴したのだ。

 深夜。アルスは自室の床に座り込み、試験で消費した薬液の補充を行っていた。

「……やはり、外部からの魔力を変換する際、導線の役割を果たす金属粉の純度が足りないな」

 独り言をこぼしながら、彼はふと床の感触に違和感を覚えた。

 自分の部屋の床板。その一部が、わずか数ミリだけ周囲の木材と熱伝導率が異なっている。普通の人間なら一生気づかない程度の差だが、分子の揺らぎを読み取る彼にとっては、闇夜の灯火のように明白だった。

「結合解除」

 床板の分子結合を一時的に緩め、音もなく剥ぎ取る。そこには、下へと続く狭い石造りの階段が隠されていた。

 アルスは手近なランプを点け、迷わずその階段を降りた。

 階段の先には、カビと埃に包まれた巨大な地下空間が広がっていた。そこはかつて、この学園が設立されるよりもずっと昔に、何らかの研究施設として使われていた場所のようだった。

 空間の中央には、見たこともない複雑な幾何学模様が刻まれた「円陣」が鎮座している。

「……錬成陣か? いや、現代の平面的(二次元)なものじゃない。これは——」

 アルスがその円陣に触れようとした時、背後の闇から鋭い声が響いた。

「——不用意に触れない方がいいわ。それは『未完成の神話』の一部よ」

 反射的に振り返ると、そこにはエリナが立っていた。彼女はなぜか昼間の制服姿ではなく、動きやすそうな黒い革鎧を身に纏っている。

「エリナ……なぜここに」

「あなたのことだから、試験で得た報酬を使って変な実験を始めると思って、監視してたの。そうしたら、あなたが床に吸い込まれていくんだもの。驚いたわ」

 彼女は呆れたように息をつき、アルスの隣に並んだ。ランプの光に照らされた彼女の横顔は、いつになく真剣だった。

「ここ、私の家——ローゼリア公爵家の古文書に記されていた場所に似ているわ。かつて『物質のことわり』を極めようとした狂った錬金術師たちが、国を追われる前に全てを埋めたという禁忌の工房」

「禁忌、か。僕には宝の山に見えるけどね」

 アルスは屈み込み、円陣の溝に溜まった砂を指で払った。

 その瞬間、彼の「魔力値12」が微かに反応した。普段は微風にすらならない彼の魔力が、この円陣に触れた途端、まるで渇いたスポンジが水を吸うように、激しく循環し始めたのだ。

「っ……!? アルス、離れて!」

 エリナが彼を突き飛ばそうとしたが、それよりも早く、円陣が淡い銀色の光を放ち始めた。

 地下空間の壁一面に、無数の「文字」が浮かび上がる。それは現代の魔法言語ではなく、構造そのものを記述する「数式」の羅列だった。

「これは……魔法じゃない。世界を構成する『変数』のリストだ。……エリナ、伏せろ!」

 円陣の中央から、純粋なエネルギーの奔流が噴き出した。

 エリナは咄嗟にアルスを庇い、『静寂』を引き抜いて魔力の壁を張る。しかし、噴き出した光は彼女を攻撃するのではなく、アルスの指先に吸い込まれていった。

 アルスの脳内に、濁流のような情報が流れ込む。

 鉄を金に変えるといったレベルではない。空間そのものを物質として定義し、再配置するための禁断の術式。

 やがて光は収まり、地下室は再び静寂に包まれた。

 アルスは荒い呼吸を繰り返しながら、自分の右手を見つめた。爪の先が、わずかに銀色に変色している。

「大丈夫!? アルス、今のは一体……」

「……わからない。だが、僕の『物質変換』の欠けていたピースが埋まった気がする。……エリナ、君の剣を見せてくれ」

 アルスが『静寂』に触れると、以前よりもさらに鮮明に、剣の内部構造が手に取るようにわかった。それどころか、エリナの体内に流れる魔力の「波形」までもが。

「……なるほど。僕の魔力が低いのは、タンクが小さいからじゃない。この『数式』を処理するために、出力が制限されていたんだ」

 アルスの瞳には、今までとは違う深い輝きが宿っていた。

 最強ではない。けれど、彼はこの夜、世界の「裏側」にアクセスする鍵を手に入れてしまった。

「エリナ、この場所のことは二人だけの秘密だ。ここにある資料があれば、君の力をさらに『完成』に近づけられる」

「……わかったわ。あなたがそう言うなら。でも、無理だけはしないで。あなたが壊れたら、誰が私のメンテナンスをしてくれるのよ」

 エリナは少しだけ寂しそうに笑い、彼の銀色に染まった指先を優しく握った。

 その夜、学園の地下で目覚めたのは、失われた時代の遺産か、それとも世界を終わらせる福音か。

 二人の物語は、学園という枠組みを超え、より深く、より危険な領域へと足を踏み入れようとしていた。

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