16話
学園を脱出し、地下精錬所でアルスが「再精錬」を遂げてから半年。
王国北端、一年中猛吹雪が荒れ狂う「絶氷の地」に、二人の旅人の姿があった。
「……アルス、前が見えないわ。この吹雪、ただの自然現象じゃない。誰かの魔力による拒絶を感じる」
厚い毛皮のフードを目深に被り、腰に『静寂』を佩いたエリナが叫んだ。半年間の逃亡生活は、彼女の美しさに野性味と鋭い強さを加えていた。
「だろうな。僕の右腕が、ここ数マイルずっと『共鳴』し続けている」
アルスが右腕を掲げると、毛皮の袖の隙間から、冷徹な銀の光が漏れた。
彼の右腕は、もはや食事も睡眠も必要としない。周囲の熱エネルギーを吸収し、演算へと変換する「神の義手」。
「——止まれ。ここから先は、神域だ」
吹雪の向こうから、巨大な氷の塊を削り出したような門番が現れた。
氷のゴーレム。しかし、その体内には歯車が組み込まれており、学園で見た機械兵器をさらに進化させたような構造をしていた。
「……この反応。やはり『始まりの研究所』は、この氷壁の向こうか」
アルスは一歩前へ出る。
ゴーレムが巨大な氷の拳を振り下ろす。その質量は数トン。直撃すれば、人間など一瞬で肉片に変わる。
「エリナ、中心核を叩け。僕が経路を作る」
「了解! ……貫け!」
アルスが右手の指先を虚空に走らせる。
『構造線、視認。結合点、一四四箇所。……一括解除』
アルスが空間を「撫でる」だけで、ゴーレムの全身を覆っていた強固な氷の装甲が、まるでガラス細工のように剥がれ落ちた。
剥き出しになった心臓部へ、エリナの『静寂』が音もなく突き刺さる。
今の彼女は、アルスの義手から供給される「最適化された魔力」を使いこなし、以前の数倍の破壊力を手にしていた。
「……標的、停止。……認証、完了」
ゴーレムが崩れ落ちると同時に、背後の氷壁が轟音を立てて左右に割れた。
そこに現れたのは、吹雪の外側からは想像もつかない、清潔で、どこか無機質な「未来の都市」のような景観だった。
「……ここが、僕たちの生まれた場所か」
アルスは眩しそうに目を細めた。
広場の中央には、巨大な石碑が立っている。そこには、歴代の「被験体」たちの名前と番号が刻まれていた。
1番から11番まで、すべてに「廃棄」の二文字が添えられている。
そして、最後の一行。
——『12番:アルス・レーヴェン。唯一の成功例。観察を継続する』
石碑を見つめるアルスの背後から、静かな、しかし聞き覚えのある足音が近づいてきた。
「……よく来たね、12番。そして、彼をここまで育て上げた聖騎士よ」
現れたのは、かつてアルスを学園から逃がしたあの男——学園長マクスウェルだった。だが、今の彼は老人の姿ではなく、アルスと同じような銀のパーツを全身に埋め込んだ、年齢不詳の姿へと変貌していた。
「学園長……。いや、13番目を目指そうとした『失敗作』の一人か」
「ははは、鋭いな。私は1番目だよ。……最初に造られ、最初に『神』に届かなかった男だ」
マクスウェルが微笑むと、街中の至る所から、アルスと同じ銀の腕を持つ「自動人形」たちが一斉に姿を現した。
「さあ、始めようか。世界を正しい形へ書き換えるための、最終試験を」
第2章の幕開け。
それは、自分たちを造り出した「神」に逆らい、己が人間であることを証明するための戦い。




