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銀の錬金術師と静寂の盾  作者: ゆでたーま


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13/20

13話

月が天頂に達した瞬間、学園を包む夜の静寂は、金属質の悲鳴によって引き裂かれた。

 学園の中枢に鎮座し、全施設の灯りと結界を司る「大宝珠グランド・オーブ」が、何の前触れもなくその輝きを失ったのだ。

「停電……!? いや、魔力供給が途絶したのか!」

「予備結界を起動しろ! 早く!」

 パニックに陥る衛兵たちの声を、地下牢の底でアルスは冷ややかに聞いていた。

 彼は壁に当てた指先から、微かな振動を読み取っていた。

(……リィナが動いたか。あるいは『12の仲間』を名乗る連中が、魔力回路の接点ノードを物理的に切り離したか。どちらにせよ、今だ)

 アルスは立ち上がり、目の前の鉄格子を掴んだ。

 普通、この格子には触れた者の魔力を焼き切る呪印が施されている。だが、アルスは魔力を流さない。代わりに、格子の「原子結合」の隙間に、自身の極小の魔力を楔のように打ち込んだ。

(……鉄、炭素、そして付与された魔導言語の記述。すべてを『不連続』に書き換える)

 パキパキ、と乾いた音が響く。

 強固な鉄格子が、まるで数日放置されたパンのように脆くなり、アルスが軽く押すと音もなく粉々に砕け散った。

「さて。お嬢様を迎えに行くとしよう」

 一方、別邸のエリナは、暗闇の中で「銀の針」を自身の右手の甲に強く押し当てていた。

 チリッ、と走る激痛。

 次の瞬間、彼女の体内で暴れ馬のように荒れ狂っていた膨大な魔力が、一本の「線」となって右腕に収束した。

「……見える。アルスが言っていた、魔力の『指向性』ってこういうことなのね」

 武器は没収された。だが、今の彼女には指先一本が名剣に等しい。

 部屋を監視していた二人の執行委員が、慌てて扉を開けて踏み込んでくる。

「エリナ様! 動かないで……」

「邪魔よ」

 エリナが右手を振る。剣筋をなぞるように放たれた魔力の不可視の刃が、重厚な木製の扉ごと、二人を壁まで吹き飛ばした。

 彼女はそのまま、夜の廊下を駆け抜ける。

 混乱する学園。暗闇の中、魔導ランプを掲げて右往左往する衛兵たちの隙を突き、二人の影が中央広場で交差した。

「アルス!」

「……いいタイミングだ、エリナ」

 ボロボロの囚人服を着たアルスと、ドレスを翻すエリナ。

 再会を喜ぶ間もなく、広場を数百の松明が囲んだ。

「そこまでだ、脱獄囚ども!」

 副学長バルドルが、重武装の「学園守護騎士団」を引き連れて現れる。彼らの手には、対魔導師用の巨大な盾と、魔力を無力化する投網が握られていた。

「エリナ様、貴女の行動はローゼリア公爵家への反逆とみなされます! そしてアルス……貴様はここで殺しても構わんと許可が出た!」

「許可? 誰からだ。僕の『設計図』を書いた連中か?」

 アルスはエリナの前に出る。

 彼は逃走の際、地下の備品庫から掠め取ってきた「一握りの砂鉄」を空中に撒いた。

「エリナ、僕の背中に手を当てろ。最大出力だ」

「わかってるわ! 今の私なら、あなたの演算についていける!」

 エリナがアルスの背に手を添える。

 爆発的な魔力が、アルスという「回路」を通じて砂鉄へと流れ込む。

 空中に舞っていた黒い粒子が、一瞬で複雑に絡み合い、巨大な「白銀の蓮華」のような形状へと組み変わった。

「結合、重積、超振動。……『銀華のシルバー・ロータス』」

 騎士団が一斉に放った矢や魔法が、その銀の華に触れた瞬間、すべてが分子レベルで粉砕され、霧となって霧散した。

「なっ……なんだ、あの盾は!? 魔法を……食っているのか!?」

「いいえ。魔法の波形を読み取って、その逆位相で叩き潰しているだけよ。……アルスの目には、あなたたちの攻撃なんて『穴だらけの計算式』に見えているの!」

 エリナが叫ぶ。彼女の魔力を得たアルスの演算速度は、もはや人間の領域を超えていた。

「バルドル先生。あんたが信じている『権威』は、この砂粒一つよりも脆い」

 アルスが指を鳴らす。

 銀華が弾け、無数の銀の針となって騎士団の武器だけを正確に貫き、破壊した。

 武器を失い、戦意を喪失して座り込む騎士たち。

 その時、広場に響き渡るような低い拍手が聞こえた。

 闇の中から現れたのは、黒い法衣を纏った老人。学園の真の支配者であり、王国の魔導顧問でもある学園長、マクスウェルだった。

「素晴らしい。第12被験体。……そして、その制御媒体としての聖騎士。……君たちの『結合エンゲージ』、実に興味深いサンプルだ」

 学園長の瞳は、冷酷な観察者のそれだった。

「だが、今日のところはここまでだ。……行きたまえ。君たちがどこまでそのことわりで世界を抗えるか、見守らせてもらおう」

「……逃がすというのか?」

「『逃がす』のではない。……放流するのだ。世界という名の、より残酷な実験場へな」

 学園長が手をかざすと、広場の空間が歪み、校門へと続く道が開かれた。

 罠かもしれない。だが、ここに留まる理由もない。

「行こう、エリナ。……ここからは、学園のルールも公爵家の名前も通用しない世界だ」

「ええ。あなたがいて、私がいる。それだけで十分だわ」

 二人は夜の闇へと駆け出した。

 学園時代の終わり。それは、世界を揺るがす逃避行の始まりだった。

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