85.白狼の庭で
城内の会議室、重臣たちが居並ぶ場にヒストリアが立っていた。
「では、鉄柵を閉めずに給餌を行った。…これは事実ですね?」
年嵩の重臣が、確認するという体裁で問いかける。
その口調には、最初から結論が含まれていた。
「はい。閉めませんでした」
ヒストリアは、はっきりと答えた。
「…ですが、フェンリルたちは暴れていません。鉄柵の外にも出ていません」
「嘘を申されるなッ!!」
別の重臣が声を荒げる。
「何頭もの白狼が唸り声を上げ、城内が危険に晒されたと聞いている!そもそも、あのような北方の魔獣を城内で飼うこと自体―――」
「夜間、城の警備を担っているのは彼らです。危険どころか、城を守ってくれている存在です」
ヒストリアは一歩も引かない。
「平民出の妃殿下には、お分かりにならぬでしょうが…、」
ねっとりとした声が重なる。
「城には城の決まりがあります。そのように感情で魔獣を庇われるのは…」
「感情ではありません」
きっぱりと言い切った。
「私は、事実を話しています」
ざわめきが広がる中、セオドールは黙していた。
青い瞳は冷え切り、何を考えているのか読み取れない。
「証言をしてくれる者がいます」
ヒストリアが告げる。
「その場にいた兵士です」
呼ばれたノアは、緊張しながらも前に出た。
「自分は鉄柵の外にいましたが、白狼は一切出てきていません。落ち着いていて、姫さ…、妃殿下に懐いているように見えました」
「…ふん」
重臣の一人が鼻を鳴らす。
「若い兵士の証言など、信用できるか」
そのとき、セオドールが初めて口を開いた。
「ならば、」
低く、静かな声。
「俺の側近の証言ならどうだ?」
重臣たちの顔が歪んで、小声で囁く。
「…ちっ、カイン・ヒックスか」
カインは会議室に入ると一礼し、淡々と告げた。
「妃殿下、ならびにそこの兵士の証言は事実です。フェンリルたちは一頭も鉄柵の外へは出ていません。…信じられないのであれば、実際にご覧になられてはいかがですか?」
「…見に行く、だと?」
「白狼の庭へご案内いたします。ただし、人数は最小限で。数が多いと、彼らが警戒するので」
半信半疑のまま、数人で白狼の庭へ向かう。
ヒストリアが鉄柵の中へ足を踏み入れた瞬間、
フェンリルたちはざわりと動いた。
低い唸り声。
白銀の毛が逆立ち、氷のような瞳が鋭く光る。
「…ほら見ろ!暴れているではないかッ!!」
重臣の声が響いた、その次の瞬間。
フェンリルの群れは、一斉にヒストリアの周囲へ集まり、背を向けるようにして彼女を囲む。
牙は、重臣たちへ向けられていた。
威嚇。
それは明確な意思ある行動だった。
庭の空気が凍りつく。
その沈黙の中を、セオドールが歩いて進む。
「…勘違いをしているようだが、」
声は低く、冷酷だった。
「この鉄柵は、俺の魔法で作られている」
重臣たちが息を呑む。
「夜になるまで、フェンリルは外へ出られない。夜警が終われば、自ら戻るよう設計してある」
深青の瞳が、重臣たちを射抜く。
「勝手に鉄柵を超えた?ヒストリアが出した?」
唇が、わずかに歪んだ。
「…無知を理由に、嘘を吐くな」
氷の気配が、足元から這い上がる。
「次に虚言を弄した者は、この庭で白狼と二人きりにしてやろう」
誰も、言葉を発せなかった。
重臣たちは青ざめ、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
静寂の中、セオドールは鉄柵を越え、フェンリルたちの傍へ膝をついた。
「よくやった」
大きな頭を撫でると、白狼たちは満足そうに喉を鳴らす。
その背後で、ヒストリアは小さく息をついた。




