8.鎧の少年
塔で生活するようになって数日がたったある日の昼下がり、
ヒストリアの部屋の扉が乱暴に開く。
「食事をお持ちしましたよ、姫さん」
銀盆を片手に現れたのは、まだ年端もいかない衛兵だった。
口調も態度も丁寧とは言いがたい。
これまで食事の準備はエマがしてくれていた。
何かあったのだろうか。
答えを聞く間もなく、机の上に乱暴にお盆を置くと、さっと背を向けて無言で部屋から出ていった。
―――その日の夕方、
また、銀盆を持った衛兵がやってきた。
先程と同じ兵士。
同じように乱暴に食事を置こうとしたところでヒストリアが声をかける。
「待って」
今度は背を向けられる前にヒストリアが声をかけた。
振り向いた少年は、まだあどけなさが残る顔――金茶の髪が寝ぐせのようにはねている。
鎧の着こなしも、妙に重たげで不自然だ。
「あなたがここの護衛をしてくださってるんですか?」
「そうですけど」
「少しお話ししても?」
「話、ですか?俺は兵士であって世間話の相手じゃないんで」
言葉こそ丁寧だが、口ぶりはぞんざい。
ヒストリアが苦笑いして、反対に柔らかく言う。
「そうですね…」
両手を差し出されたことで、少年は自然におぼんを直接受け渡す形になった。
「こんなところに閉じ込められて、食事は質素だし嫌になるのはわかりますけど。俺に何か期待しても無駄ですよ」
ヒストリアは少しだけ眉を寄せ、少年が話す様子を見ていた。
背筋を無理に伸ばしているせいか、肩の力が抜けていない。
まるで鎧を着せられた少年のようだ。
「…このお盆、運んでくるの大変じゃなかった?」
「…え?」
「水も少し零れてるし」
「…水をこぼしたって文句言ってるんですか?」
呆れた声が返る。
「剣が重く感じることは?」
「は?」
「あなたの腰の剣よ」
「何言ってるんですか?そりゃ、重いけど…、剣なんだから重いのは当たり前で、俺の鍛え方が足りないからだってみんなが―――」
ヒストリアは落ち着いた口調で言った。
「肩の力を入れすぎ。それだといざというとき腕が自由に動かない。あと、力を抜いたら、軸を腰に。…そのまま剣を抜ける?」
「…剣なんか握ったこともないくせに、偉そうに」
「抜けないの?」
「…はぁ?…抜けるけど!」
挑発に乗ったのは少年の方だった。
ヒストリアはゆっくりと近づき、少年の右手を指で軽く動かす。
「柄は少しだけ外に傾けて。重心は落として、意識は刃の延長線上に」
思わずその動きに従ってしまう。
なぜなら、
「…あれ、軽い…っ」
力を入れなくても楽に構えられたからだ。
「そうでしょう?肩や腕にこれだけ筋肉をつけているのに剣が重く感じるのは、立ち方が悪いから」
「…なんで、そんなこと知ってるんすか?」
「あなたに似たような人を知ってるからよ」
騎士団に入った頃の同僚―――ラウルの顔を思い出す。
何度も勝負を挑まれて、その度切磋琢磨したものだ。
ラウルとこの少年を重ねて自然に笑みがこぼれるヒストリアだった。




