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80.出迎え



帝国と大公国の国境を越えたあたりで、空気がはっきりと変わった。



「…ここから先は、寒さが厳しくなる」


セオドールがそう言って足を止めると、指先で素早く魔方陣を描いた。


淡い青白い光が地面に浮かび上がり、冷たい風が渦を巻く。



「…少しだけ、衝撃があるかもしれない」


「…大丈夫です」


ヒストリアの言葉を、彼は遮らない。

ただ当然のように、手を取った。


次の瞬間、視界が反転する。


気づけば二人は、ノルディア城の巨大な門の前に立っていた。


夜気に包まれた城壁は、雪を反射して静かに幻想的に青白く輝いている。



「――おかえりなさいませ、殿下、妃殿下」

門の内側から、落ち着いた声が響いた。


出迎えたのは、側近のカインだった。

夜遅い時間ということもあり、供の兵は最小限だが、その表情は穏やかで、確かな安堵が滲んでいる。


「長旅、お疲れ様です」


「遅くなった」


短く答えるセオドールに、カインは一礼し、視線をヒストリアへ向けた。


「妃殿下も…、お疲れになったでしょう」


「…ただいま戻りました」


少しだけ緊張しながらも、ヒストリアが答えると、横から小走りで侍女のエマが現れた。


「ヒストリア様っ…!」


声を上げかけて、はっとして口を押さえる。


「…い、いえ。妃殿下。お帰りなさいませ」


その目は、嬉しそうに潤んでいた。 ヒストリアも思わず微笑む。



城内に足を踏み入れると、すでに最低限の準備は整っていた。


カインの指示で、湯殿には湯が入れられ、温かい軽食も用意されている。


「今日はお疲れでしょうから、すぐに休めるようにいたしました」


「寝室は?」


「殿下と妃殿下、それぞれ整えてあります。いつでも一緒にお休みいただけますし、別でも」


その言い方に、ヒストリアが一瞬だけ目を伏せたのを、セオドールは見逃さなかった。


廊下を進む途中、控えめながらも「おめでとうございます」「お帰りなさいませ」という声が、あちこちからかかる。


祝福の空気は確かにある。


だが、その合間に、ひそひそと交わされる視線と声。

直接的ではないが、確かに感じる、微妙なざわめき。


セオドールの表情が、わずかに引き締まった。


「ヒストリア」


「はい」


「先に部屋へ行け」


「…殿下はどうされるのですか?」


「カインと少し確認がある」


その声は穏やかだが、有無を言わせない。



「エマ、妃殿下を頼んだぞ」


「はい」


ヒストリアは一瞬だけ何か言いかけたが、結局、静かに頷いた。


「…お先に失礼します、殿下」


「ああ」


その背を見送り、セオドールはカインと並んで執務室へ向かう。


扉が閉まった途端、カインの表情がわずかに硬くなった。


「…殿下」


「報告を」


セオドールは椅子に腰掛け、外套を脱ぎながら促す。


「大半は、心から祝福しております。ですが…、一部に、不満の声が出ているのも事実です」


「理由は」


「…はい」


カインは一瞬、言葉を選び、それから続けた。


「フェルバール王の罪を公にしたことで、“替え玉の花嫁”だった件が城内外に広まりました。それに加え…、」


「ヒストリアの出自、か」


「王と、移民の踊り子の間に生まれた私生児。どこの国の血ともつかぬ平民を、妃殿下に迎えるのはいかがなものか、と」


セオドールの青い瞳が、静かに光る。




「一応、前の婚約者は帝国の名門貴族。宰相の娘でしたからね。当然比較する声もあります」


「…くだらない。奴らは犯罪者だ」


吐き捨てるように言って、セオドールは立ち上がる。


「血筋だの体裁だの、そんなもののために、俺は妻を選んだわけじゃない」


「承知しております」


「ヒストリアの耳に入れるな」


即座に命じる。



「一言たりともだ。誰が言ったかはいちいち詮索する必要はないが、報告は怠るな」


「…かしこまりました」


カインは深く頭を下げて部屋を出た。


セオドールは、ふうっと息を吐く。


「守れないなら、大公など名乗る資格はない」


その声は低く、そして揺るがない。



執務室の窓の外では、ノルディアの夜が静かに広がっていた。



一方、廊下に出たカインは、複雑な表情をしていた。


(…詮索する必要はない?)


以前の主君なら、噂を囁く者たちを全員捕らえ、断罪していたはずだ。


少なくとも自分が知っているセオドールはそういう男で、今回も当然そうなると思っていた。


(…暴君の氷を、あの姫が溶かしたか)


おかしそうに微笑(わら)う。


「…また、忙しくなりそうだ」


これから始まる新しい日々に、不安と期待が入り交じるカインだった。




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