7.雪上の密談
ヒストリアが大公城にやってきて数日がたった頃、
真夜中の本城内では、執務室の片隅でカインが指先に青白い魔力を灯し、魔方陣を描いていた。
淡い光の輪が空中に浮かんだところで、向こう側から声がする。
『…どうした』
機嫌が悪そうな低い声で短く答えるのはセオドールだ。
「ぁ、もしかしてお休みのところでしたか?」
『いや、散歩中だ』
「…そうでしたか」
散歩と言ってもセオドールが優雅に外を歩いているとは思えない。どうせ、散歩という名の魔獣狩りでも楽しんでいるのだろう。
「姫についての報告をしても?」
『…わざわざ夜中にか』
「こう見えて俺も忙しいもので。この時間まで体が空かなかったんですよ」
カインの多忙の理由は、セオドール不在のせいだ。留守の間は主君の分まで執務をこなしている。
『…ふっ…、優秀な側近だな』
通信の向こう側から笑い声が聞こえた。
「…姫は、おとなしく過ごしております。控えめで、気取らず、まったく貴族らしくない」
『…それは、褒めているのか貶しているのかどっちだ?』
「どちらもです。…確信に近いですが、あれはリヴィアナではありません」
『なら殺すか?』
「…それが、礼儀を心得ているというか、肝がすわっているというか。――普通、知らない国に連れて来られてあのような塔に隔離されたら不安になるでしょう?」
魔方陣の向こうからは氷の軋む音だけがしていて、セオドールは黙って話を聞いている。
「ここ数日、塔を訪れる人間は侍女ひとりだけ。ですが、その侍女にまで気遣いをみせています」
『懐柔して逃亡を謀る可能性は?』
「…逃亡か。…その気があるか試してみてもいいですか?」
好きにしろ。ただし、逃がすな"
青白い光が淡く揺れ、セオドールの声が低く響いた。
「承知いたしました」
その言葉と共に青光が消え、執務室に静寂が訪れる。
―――さて、あの姫がどう出るか。
「…楽しみだな」
カインの口角が上がった。




