表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/120

68.王都の噂・前編


ギッ、と扉が開き、診療所の中からセオドールが出てきた。


いつもの冷徹な気配ではなく、どこか張り詰めた空気をまとっている。



「ヒストリア」


その声色に、ルーカスがすぐ反応した。


「…何だ、クソガキ。仕事は終わったのか?」


「大神官様ではなく、ヒストリアに用がある。言われた仕事ならちゃんとこなしましたが」


セオドールはルーカスの皮肉を軽く受け流し、ヒストリアへとまっすぐ視線を向ける。


どうやら、指示通り病人や怪我人を村から運んでいたらしい。




「村を回っていた時に、王都から戻ってきたという商人から気になる噂を聞いた」


セオドールは言葉を慎重に選んだ。

その仕草に、ヒストリアの胸が小さくざわつく。


「王都で、最近持ちきりの噂だそうだ。――塔に、ひとりの病に伏した女が幽閉されている、その女はどうやら王の(めかけ)らしい …と」


ヒストリアの身体が微かに震えた。


手に持っていた水桶がカタンと揺れ、井戸の縁に当たって小さな音を立てる。



「…妾…?」


ヒストリアは唇を噛み、息を吸うのも忘れたかのように固まった。


セオドールは、そっと距離をつめる。


「噂の出処は確かではないが、お前の母上は塔に隔離されているのかもしれない」


言葉の最後だけ、視線をそらさず、静かに、真っ直ぐに。


ヒストリアは胸の奥で何かが崩れ落ちるような感覚に襲われた。


「…そんな、なんで医療施設じゃなくて、塔に…?あの時、お母さんの治療をしてくれるって…約束を…」


声が震えて、うまく繋がらない。


するとルーカスが、煙管をゆっくり置き、セオドールに鋭い視線を投げた。


「…治癒塔の可能性は」


「俺も最初はそう思ったが…」


セオドールがそのままヒストリアを見る。


「…フェルバールでは…、魔法が一般的ではありません。私が以前大公国で治療していただいたような塔は、王都でも見たことがないです…」


「たしか昨日、第三騎士団もフェルバール王にこの辺境に送られたと言ってたな」


セオドールは眉根を寄せ、低く呻く。


「王族のくせに、ずいぶんとクズだな」


ルーカスも遠慮なく言った。



ヒストリアの視界が揺れ、胸に手を当てても、鼓動がおさまらない。


セオドールは近づき、その震えをまるごと受け止めるように柔らかい声で話した。


「今は噂だ。だが、確かめる必要がある。本当にお前の母上なのかどうか」


ヒストリアが目を伏せると、涙がにじんだ。


その横で、ルーカスが静かに言う。


「ヒストリア」


優しいが、芯のある声。


「お前はひとりじゃない。大丈夫だ」


ルーカスの言葉に、ヒストリアは小さく息を吸った。


「…はい」


声はまだ震えていたが、先ほどまでの崩れ落ちそうな弱さは、わずかに影を潜めている。




*******

その日の夕方、夜営地は慌ただしくなった。


王都には「座標が乱れて国境を超えてしまった神官団を騎士団が保護、無事に王都方面へ向けて出発」と通信を入れてもらった。

騎士たちは不安げな顔をしながらも、ヒストリアを引き留めることはしなかった。


ラウルだけが、短く声をかける。



「…気をつけろ、リア」


「…ありがとう、ラウル」


それだけで十分だった。



森を抜ける道は、夕焼けに染まり、長い影を落としていた。


馬車に揺られながら、ヒストリアは無意識に胸元のネックレスに手をやる。 そこには、まだ消えない不安と、確かに芽生えた希望が同居していた。


夕闇が迫る中、一行は王都へと続く街道を進んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ