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65.夜営の灯・前編



国境結界の揺れが完全に収まったころ、森の縁に設営された第三騎士団の夜営には、焚き火の香りが静かに立ちのぼっていた。


結界の修復を終えたセオドールの腕前は、騎士たちの間であっという間に噂になる。

だが、その背後で――


「…あの結界を凍結させるとは、お前の魔力は本当に桁外れだな」


ルーカスがセオドールを見る。


「大神官様が破ってしまわれた結界を、()()の私が直すのは当然でしょう」


「嫌味はいい。お前のその魔力、暴走したことはないのか?」


「…暴走…か。幼い頃は制御できないことが何度かあったが、今は別に」


「……」


「…何か?」


「…クソガキがガキのところを想像してただけだ。さぞかし憎たらしい子どもだったんだろうと思ってな」


「…喧嘩を売ってるのか?」



(この二人は何でいつも喧嘩腰なの…)


二人が無駄に火花を散らす横で、ヒストリアだけが疲れたように目を伏せる。



程なくして、ラウルとかつての上官――第三騎士団長ハーシェルが深い礼をして、三人を夜営の大きな天幕へ招いた。


中には湯気の立つ薬草茶と果実酒、香ばしい干し肉まで用意されていた。


団長ハーシェルは豪快に杯を掲げる。


「今日の働きに礼を言う。あれほどの結界を直せる神官など、そうはいない。心から感謝する」


セオドールが穏やかに一礼した。


「結界が破られることが稀ですからね。きっとどこかの横柄なジジイが計算を誤って穴でも開けてしまったんでしょう」


セオドールが平然と返し、ヒストリアは慌てて咳払いして場を収めた。


その時、ラウルがふと顔を曇らせる。


「神官団は帝国から来たんだよな?皇帝陛下の弟だという、あの大公国の大公ってのはどんなやつなんだ?」


「“氷の暴君”か。噂じゃ冷酷で、帝国でも恐れられてるって話だが…」


団長ハーシェルが鼻を鳴らした。


「うちリアを贈り物だとかいって攫っていきやがって。そのうえ、今は巫女だと?きっとろくでもないやつだ」


ラウルの言葉にヒストリアの心臓が飛び上がる。



(これは、まずい…)


セオドールは絶対に怒る。

そう思って彼を見た瞬間、ヒストリアは息を呑んだ。


(殿下が…笑ってる…?)


焚き火に照らされたその微笑みは、ベールの下に隠れてはいるが、温かく、穏やかで。



セオドールは果実酒の杯を置き、淡々と口を開く。


「噂というのは、形を変えて広がるものです。一面だけを見て人を測るのは、得策ではありませんよ」


その声には、怒りも皮肉も一切なかった。


ただ静かで、彼の格好も相まってか、まるで本物の神官に見える。


団長とラウルが思わず息を呑んだとき、



「いや、あれはひどい」


ルーカスが杯を傾けながら言った。


「俺から言わせれば、まだまだ半人前のガキだ。俺も、血縁をひとり人質に取られていてな」


ルーカスはセオドールをちらりと見やる。


「しかし、不器用ながらにそれ守ろうとする姿勢は少しは評価してやってもいい」



「リュカ様…」


ヒストリアは胸が熱くなる。


セオドールはルーカスの言葉に小さく目を伏せた。


団長とラウルは、仲良さげに見える二人に目を丸くする。


「…大神官様と神官殿は、仲が良いんですね」



「「誰が、誰とだ」」



二人の完璧なハモりに、ヒストリアは思わず笑いそうになった。




*******

夜も更けた頃、ハーシェルが気を利かせて言う。


「神官団の皆さんには、簡易寝所を用意した。ヒストリアには女性用の天幕を別に用意しよう」


すると、


「「彼女は俺と同室だ」」


セオドールとルーカスの声が再び重なった。


「…え?」


ラウルと団長が同時に目を瞬く。



ヒストリアは慌てて首を振った。


「いえ、私は一人で――…」


「「危険だ」」


もはや、同じ台詞を読んでいるかのような二人。


ルーカスはは腕を組み、セオドールは指でテーブルをとん、と叩く。



そのテーブルの上には相当な量の空き瓶が置いてあった。



(…殿下、もしかして…酔ってる?)


「大神官様はいつもお一人でお休みでしょう?俺は()()()()()ヒストリアと休みます」


「…このクソガキ。まさか、お前…、大事な孫娘に手を出したんじゃないだろうな?」


ルーカスの瞳が怪しく光ると、両手に瞳と同じ金色の神力が集まっている。



「だ、大神官様!こちらへ!」


同行していた若い神官が、泣きそうな顔でルーカスの腕を掴み、そのままズルズル引きずっていった。



「放せ、俺はあのクソガキを殺す!!」


「やめてくださいッ、本当にお願いします!!」


夜営にルーカスの怒号が消えていく。


セオドールは涼しい顔をしていた。


ヒストリアは半分呆れたようにその様子を見ている。




「…神官殿、いくら神職の方とはいえ、若い娘と同じ天幕というわけには…」


ハーシェルが、困ったようにセオドールを見た。


「…あぁ、ご心配なく。我々は夜通し神に祈りを捧げるという特別な修行の最中なのです」


唖然とする周りをよそに、何事もないように、ヒストリアを引っ張って天幕へ入っていった。



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