62.旅支度
セオドールとヒストリアは、神官団の出立準備が整うという知らせを受け、帝国の神殿にやってきていた。
大理石の床には陽光が反射し、神殿特有の荘厳な空気が漂っている。
本殿の手前、控えの間の扉が開くと、白い儀式服に身を包んだ大神官ルーカスが立っていた。
その視線は、真っ先にヒストリアに吸い寄せられる。
「…その服を着ると、やはり似ているな」
低く漏らされた言葉。
「……」
巫女服は淡い白と金。露出は少ないが、布のたゆみ方や刺繍の流れが神秘的で、彼女の凛とした雰囲気を際立たせていた。
ルーカスはそっと目を細める。
「横顔も、眼差しも、ソフィアにそっくりだ」
セオドールの眉がぴくりと動いた。
「――神職ともあろう高貴なお方が、人の妻を変な目で見ないでいただきたいのですが」
ルーカスがゆっくりと振り返り、セオドールを見る。
「…お前、なぜ来たんだ」
「神官として同行するためです」
「どこの世界に、その図体と威圧感で神に仕える男がいる」
セオドールのこめかみに青筋が浮く。
「威圧感…?」
「事実だろうが、クソガキ。神殿に入って半刻で三人に道を譲らせていたぞ。神官というより魔獣扱いだ」
「…あなたに言われたくない。俺はただ歩いただけだ」
二人の低レベルな牽制合戦が始まり、ヒストリアは慌てて間に入る。
「…殿下、リュカ様が誘ってくださらなければ、フェルバールには安全に行けなかったかもしれません。そんなに不機嫌な態度を出さないでください」
「ヒストリアの言う通りだ。もっと俺を敬え」
ルーカスが、ふんっと鼻を鳴らす。
「…リュカ様もリュカ様です。殿下をいちいち煽らないでください」
そのやり取りを見ていた周囲にいた若い神官たちは、とんでもないものを見たような顔で見守る。
ルーカスは深いため息をつくと、ひとりの神官に目で合図した。
「…おい、あれを持ってこい」
そうさして差し出されたのは、薄い金糸のレースで織られた神官用のベールだった。
鼻から下を覆い、顔立ちを隠すもの。
さらには、神官用の外套もある。
セオドールは訝しげにそれを見る。
「なんだこれは」
「お前は目立つ。その髪、その目、その態度。存在そのものが目立つ。神官団に同道したいなら、それを付けろ」
ルーカスが淡々と告げる。
「神官は謙虚で控えめであるべきなんだよ。お前のように圧力で道を開くタイプは神官には向いてない」
(…リュカ様も、すごい威圧感だけど…)
ヒストリアは口元を押さえながら、小さく笑いをこらえた。
セオドールはじろりとルーカスを睨んだが、しぶしぶベールを受け取る。
「…こんな布切れで変わるのか」
「変わる。外套のフードも被ってろ」
「……」
セオドールの銀髪が覆われた。
「同行するのは許可する。だが、おとなしく黙っていろ、セオドール・ヴァル=ノルディア」
挑発と指示を同時に浴びせられ、セオドールの眉がぴくりと動く。
ヒストリアは一度大きく息を吐くと、そっと彼の横に立つ。
(…しかたない)
「…殿下、とても似合ってます。神秘的で、すごく素敵ですし、どこからどうみても神官様に見えます」
セオドールにしか聞こえない小さな声で囁いた。
セオドールは一瞬言葉を失い、目だけがヒストリアへ向く。
「…まぁ、いいだろう」
これは大公国を出る前に、今回は同行できないというカインから、セオドールが変装について不満を漏らしたら、言うように言われていた台詞だが、どうやらうまくいったようだ。
ルーカスがくるりと背を向ける。
「出立は一刻後だ。準備しておけ」
扉が開き、神殿の白い光が差し込む。
こうして、ヒストリア、セオドール、ルーカスの三人は、数名の神官と共にフェルバールに向けて旅立った。




