表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/120

61.神殿からの手紙



昼下がりの執務室。


セオドールが書類に目を通し、ヒストリアはテーブルの端で報告書の整理を手伝っていた。

外では兵士の訓練の掛け声がかすかに響き、いつもと変わらない穏やかな時間のはずだった。



扉が叩かれる。



「失礼します。大神官ルーカス・エレイン様より、至急の書状が届いております」


カインの言葉に、セオドールとヒストリアの視線が同時に上がった。


封蝋は、帝国の神殿の紋章。

重厚な赤色は、緊急の用件を意味する。


セオドールが静かに手を伸ばし、封を切った。


紙を開いた瞬間、表情が少しだけ動く。



「…殿下?」


ヒストリアが尋ねると、セオドールは椅子の背もたれに身体を預け、もう一度読み返した。

いつもの落ち着いた仕草なのに、どこか慎重で、ほんの少し戸惑っているようにも見える。



「…ヒストリア。お前宛てだ」


手紙を差し出す。



(リュカ様から、私に手紙…?)


ヒストリアは胸がざわつくのを自覚しながら、それを受け取った。


読み進めるほど、手の温度が下がっていく。



『――フェルバールの王家へ神託を伝えるため、神殿は神官団を派遣する予定だ。

お前の母が所在する場所を見つけ、保護を行いたい。

そこで、ヒストリアに同行することを望む。

この旅は、血族としても、己の過去と向き合う機会となるだろう―――リュカ』



読み終えたヒストリアは、息を吸うことさえ忘れたように固まった。



セオドールが低く呟く。


「…フェルバール、か」


その声に、ヒストリアはハッとする。



「…できるなら行きたい…です。母に会いたい。無事かどうかも、何もわからなくて…」


胸に揺れる赤いペンダントに手を当て、言葉を絞り出すように続けた。


「でも、私が行けばフェルバールに大公国が介入したと思われるでしょうか」


セオドールもそれは分かっていた。


しばし沈黙した後、もう一通入っていた別の書状に視線を落とす。



「大神官は…、お前を巫女として同行させるつもりらしい」


ヒストリアは目を瞬いた。


巫女―――

神官団の一員、政治的には中立扱い。

もし、自分だとわかっても何とかなるかもしれない。


「それなら―――、」


「俺も行く」


「…え?」


ヒストリアは困惑した。


「で、でも…、殿下まで同行されたら余計に大公国の圧力みたいに――…」


セオドールは眉ひとつ動かさず平然と言い放つ。


「俺も()()として随行すれば問題ない」




「「…はい?」」


ヒストリアとカイン、二人の声が同時に響いた。


セオドールは書状を指で軽く叩く。


「神官団一行なら、何人も神官がいるはずだ。一人くらい紛れてもわからない」


「殿下が神官?」


「問題あるか?」


「恐れながら、殿下、神官の心得はあるんですか?」


カインが困惑した表情で問いかけると、セオドールは淡々とした顔のまま書状を机に置いた。


「祈ればいいんだろう」


「そんな適当な…」


「必要なのは()()()だ。神官服を着て歩けば、それで十分通用する」


さらりと言うが、どう考えても神官を甘く見ている。


「で、でも…殿下が同行したら、周囲は絶対に気づきますよ?だって、殿下はその…見た目が…」


ヒストリアが困ったように話に割り込むと、セオドールは小さく眉を動かした。


「見た目が?」


ヒストリアは口ごもりながら、視線を泳がせた。


「えっと…、その、なんというか…」


セオドールはじっと見つめる。


「具体的に言え」


「……」


困り果てるヒストリアの代わりに、カインが咳払いして助け舟を出した。


「殿下。失礼ながら、圧が強すぎます。普通の神官に混じったら、一瞬でバレます」


「圧?」


「はい。もう見た目から『大公です』と名乗っているようなものです。風格が隠しきれません」


「……」


セオドールは素直に受け止めているのか、否定もせず軽く腕を組んだ。


ヒストリアが続けて必死に説得する。


「それに、殿下の髪も瞳も特徴的で、隠すのは大変ですし歩いているだけで視線を集めてしまいます。神官どころか、旅人としても……」


「つまり、俺は目立つということか」


「…はい」

「とても」


カインが小声で追い打ちをかけると、セオドールはわずかに目を細めた。


「だが、ヒストリア一人を行かせるわけにはいかない」


「で、殿下……」


「危険が伴う可能性もあるだろ」


静かだが、ひどく揺るぎない声。


ヒストリアの胸が少しだけ熱くなる。


「だから俺が行く」


セオドールは揺るぎなく言い切った。



カインが諦め半分で頭を抱える。


「殿下…、神官団は()()()()()です。殿下が行ったら、それはもう武力介入の前触れとしか受け取られないのでは」


「だから、神官として行くと言っている」


「…本気なんですか?」


「本気だ」


即答。


ヒストリアとカインは同時に肩を落とす。



「いいから、神官服を用意しろ。目立つというなら地味なやつを」


その声に、カインがため息混じりに呟いた。


「……もう止めても無駄ですね」


「無駄だ」


セオドールが淡々と答える。


ヒストリアは戸惑いと安心が入り混じった表情のまま、小さく頷くしかなかった。


「…では、神官団としての同行準備を進めます。殿下の変装については一度ルーカス様にご相談してみます」


カインのぼやきに、セオドールはほんのわずかに口角を上げた。


「任せる」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ