56.終結、新たな帰路
オルディス宰相に対する裁判は三日三晩続いた。
証言も証拠も揃い、判決は揺るがなかった。
――斬首刑。
娘セレナには、死刑ではなく生かして償わせる罰が下される。
身分を剥奪のうえ魔力を封じる刻印を施されて、帝国北東の辺境にある、戒律の厳しい修道院へと送られるというものだ。
再び外の世界を見ることはなく、訪問も手紙も禁じられる、実質の終身刑。
判決を聞かされた瞬間、ヒストリアはただ静かに目を閉じた。
(…やっと、終わったんだ。あの密書も、宰相邸でのことも、全部)
思い出すと胸の奥がまだ少し痛むが、恐怖より、ようやく安堵の気持ちが上回る。
そうして体調が落ち着いたヒストリアは、セオドール、カインと共にノルディアへ戻ることになった。
出発の日、大公屋敷の玄関前でルーカスが腕を組んで待ち構えていた。
「本当に行くのか」
「当然です。大公妃ですので」
「…黙れ、クソガキには聞いていない」
(この二人は、最後までこのままなのね…)
ヒストリアがため息をついた。
「ヒストリア、また来るんだぞ」
「はい、リュカ様。必ず参ります」
ヒストリアが微笑むと、ルーカスはふっと表情を和らげ、名残惜しそうに頷いてから、
――そっと抱きしめる。
「困ったら必ず知らせろ。あのクソガキが役に立たなくても、俺が必ず助ける」
「…誰が役に立たないと?」
「お前は敵を作りやすい」
「大神官様に比べればましだ」
旅立つ寸前まで、その二人の言い争いは止まらなかった。
*******
魔力がヒストリアの体内に流れるかもしれないことを考慮して、今回は移動魔方陣ではなく馬車での移動となった。
長い旅路を終え、ノルディアに戻ると――、
「ヒストリア様ぁぁ!!」
甲高い声とともに、元気いっぱいの影がヒストリアに飛び込んできた。
「エマ!」
勢いよく抱きついてきた侍女エマは、すっかり回復して一足先に大公国に戻っていた。
頬も紅潮し、健康そのものだ。
「よかった…!本当によかったですッ…、もう、心配で心配で…っ」
涙をぽろぽろ落としながらも、その腕は力強くヒストリアを抱きしめる。
「…ごめんね、エマ。酷い目に遇わせて…」
「そんな…、ヒストリア様が逃がしてくださったから…う゛っ……うぇぇ……」
「エマが、ミレイユ様にお知らせしてくれたんでしょ?ありがとう」
「…うぅ…、」
「もう泣かないで」
ヒストリアは小さく笑った。
(…戻ってきたんだ。本当に)
ふっと横を見ると、セオドールがヒストリアの横顔を静かに見つめている。
目が合うと、ほんの少しだけ彼が微笑んだ。
その表情はまるで『おかえり』と言ってくれているようで、ヒストリアの心は温かくなった。
ノルディア城に入った頃には、すっかり夜も更けていたため、ヒストリアはまっすぐ東翼の自室へ向かおうとした。
「やっぱり自分の部屋が落ち着くし、荷物も――」
そう思って廊下を進んでいた矢先、侍女たちがどこからともなく現れ、左右からふわっと囲んだ。
「妃殿下、こちらへ!」
「ご案内いたします!」
「え、何…、ちょっ――…、」
そのまま、ぐいぐいと腕を取られ―――、
気づけば連れて行かれた先は、セオドールの寝室だった。
「…えっ…?ここって…」
「もちろん妃殿下の寝室でございます」
「今日からは大公妃としてこちらでお休みを」
ヒストリアは固まった。
(いや、…殿下と一緒の寝室だなんて…)
さらに追い打ちをかけるように、
「さ、身支度を整えましょう!」
「ご安心ください、殿下がお喜びになるよう準備してあります!」
「喜ぶって…?」
引きずられるように風呂に入れられ、気づくと―――、
妙に薄い素材の、やたら布の面積が狭い寝巻きを着せられていた。
肩から背中にかけては透けているし、裾は短すぎて落ち着かない。
(いやいやいやいや…、これはない)
「妃殿下、完璧です!」
「可憐でありながら大人な魅力…!殿下はきっと…ふふふっ」
「…その笑いは何ですか…?」
ヒストリアの言葉をよそに扉が閉められ、侍女たちが去ると、ぽつんと寝室に取り残された。
広い部屋に、気まずさが満ちる。
婚姻を結んだとはいえ、セオドールとはそういう関係じゃない。
使用人たちが勝手に勘違いをしているだけだ。
(ど、どうしよう…っ)




