54.小さな可能性
※再び、現代の大公屋敷
部屋は、呼吸音すら聞こえないほどの静寂に包まれた。
ルーカスの語った“禁じられた恋”と“失われた命”の話は、重く、痛ましく、そしてあまりにも現実味を帯びていた。
ミレイユは口元を押さえたまま、涙をこらえている。
カインは何度も瞬きをし、言葉を探していた。
ヒストリアは胸元の赤い石をそっと握りしめ、俯いている。
静寂を破ったのは、セオドールだった。
「…ひとつ、確認したいことが」
「何だ、クソガキ。今はお前の相手をしてる気分じゃない」
「…七十年以上前の話だと言ったな。それだと、年齢が合わない」
ルーカスは片眉を上げた。
「聞きたいことがあるなら敬語を使え。お前には敬意が感じられない」
セオドールはイラッとしたが、すぐに切り替える。
「…普通なら、そろそろくたばる年齢なのではないですか?大神官様」
セオドールの皮肉たっぷりの敬語に、ヒストリアとミレイユが思わずため息をついた。
しかし、セオドールの言葉にも一理ある。
ルーカスはどう見ても青年―――、
せいぜい二十代後半にしか見えない。
その時、カインがぽつりと言った。
「…もし、違っていたら申し訳ありません。昔読んだ文献にありました。高密度の神力を宿す者は、肉体が最盛期で固定されることがある、と。恐れながら、大神官様は実年齢と肉体年齢が一致していないのではないかと」
セオドールが目を細める。
「つまり、こいつは──」
「外見だけ二十代、中身はかなりご高齢の可能性があるってことです」
ルーカスは鼻で笑った。
「ふん。大公国にもまともなのがいるじゃないか。別に隠していたわけではない。神力が減らない限り、老いる必要がないってだけだ」
その横柄で淡々とした言い方が、逆に事実味を増していた。
そんな話の中、ルーカスの視線がヒストリアの胸元の赤い石に吸い寄せられた。
彼の表情がわずかに揺れる。
「…その石は、間違いなく俺が作ったものだ。それなら、お前の血筋はソフィアの―――…」
言葉を濁したが、全員が気付いた。
ヒストリアの心臓が大きく脈打つ。
「…ひ孫…くらいの、可能性が…?」
ミレイユの言葉に、再確認するかのようにルーカスはゆっくり息を吸い、そして結論を出すように言い放った。
「…確かめる。神殿に来い」
ヒストリアは目を瞬かせた。
「えっ──」
「血を調べれば分かる。お前が、…ソフィアの系譜かどうかを」
セオドールが反射的に立ち上がる。
「待て。勝手に連れていくな」
「黙れ。これは神殿の案件だ」
「ヒストリアは大公妃だ。好きに連れ回されてたまるか」
「お前の承諾など必要ない。神殿に関わる血の問題だと言っている」
ルーカスは横柄に言い捨てると、ヒストリアの腕を掴もうとする。
セオドールが瞬時に氷で道を遮る。
「触るな。連れて行くなら、俺も同行する」
「…チッ、面倒なクソガキが」
「…今、何と言った?」
「ク ソ ガ キ と、言った。何か問題でもあるのか?」
セオドールのこめかみがぴくりと動く。
ヒストリアは間に入り、小さく深呼吸する。
「…殿下、私も気になります。せっかく帝国にいますし、神殿で確かめられるなら、私は行きたいです。できたら、殿下も一緒にお願いします」
ミレイユは大きく頷いた。
ルーカスはチッ、と舌打ちしながらも言う。
「勝手にしろ。だが急ぐぞ。今日中に調べる」
セオドールは鋭い目でルーカスを睨んでいたが、彼は気にする様子もなく、ヒストリアに目をやる。
そしてほんの一瞬だけ、痛みに耐えるような顔をした。
―――この少女は、自分の血を継ぐ者なのかもしれない。
―――自分が守れなかった子供が、もしも生き延びたのだとしたら。




