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52.赤眼の少女



宰相父娘が逮捕され裁判が進む中、大神官ルーカスは、相変わらず偉そうな態度で、大公屋敷を訪れていた。


ミレイユとの約束で、ヒストリアの経過観察をするためだ。



ルーカスは神殿で最も位の高い大神官なので、初めて対面するヒストリアは、帝国の作法に則り黒いベールを着けていた。


頭から肩まで覆うベールは、美しいレース編み。


椅子に座り、目を瞑るように指示すると、ルーカスがヒストリアの体調をゆっくりと確認する。



「…まあ、見たところ問題ないようだな。クソガキ、余計な魔力を与えたりしていないだろうな?」


セオドールは眉間に皺を寄せた。



「…しておりません、大神官様」


明らかに不愉快そうに答える。


ルーカスは、ふん、と鼻で笑った。


「なら良い。お前の魔力は雑だ。今、この娘に当たれば最悪死ぬぞ」


「…何だと、この―――」

セオドールが言い返そうとしたところで、横にいたミレイユが肘で小突く。




「…ッ…、承知しております」

なんとか言い直した。


ヒストリアはそのやり取りを見ながら、



(…殿下のこんな態度、初めてかも)


と、思わず笑ってしまった。


はずみで、ヒストリアがふっとまぶたを上げ、

ルーカスの視線とぶつかった。



赤い―――


ルーカスの持っていたロザリオが、音を立てて手から滑り落ちる。



「…赤い…眼…?」


声が、横柄さとは真逆の、底の方から震える声に変わり、ルーカスがヒストリアにかかるベールを上げる。



セオドールが即座に身構えた。


「…ヒストリアの目が、何か…?」


「黙れ。今は口を挟むな」


いつもの横柄さは健在だ。


しかし、その目だけが動揺を隠しきれていなかった。




(…赤眼…まさか、そんなことが…いや…)


さらにヒストリアの胸元から、赤い石のペンダントがちらりと覗く。



フェルバールからノルディア大公国に()()()()時、母メイジーがくれたものだ。


その瞬間、ルーカスの顔色が変わった。




「…その石はどこで手に入れた」


声は鋭く、まるで怒っているかのような口調。


ヒストリアは驚いてペンダントを握り、少し驚いた様子で答えた。


「…母からもらったものです。母は、さらにその母から受け継いだと言っていました。何か…、お気に触りましたか?」



ルーカスの呼吸が一瞬乱れ、頭の中を走馬灯のような光景が過る。



―――神殿の灯に揺れる赤い瞳。

―――少しずつ膨らんだ腹。

―――守るように抱えていた命。


そして、

―――自分が造った赤い石。




(…生きていた…のか?…本当に…?)


その深刻な様子に、セオドールが苛立ちを隠せず言う。


「大神官様、説明を―――、」


「黙れと言っている!!」


ルーカスはまた怒鳴った。


セオドールを()()()()と言ってからかうのとは違い、明らかにいつもより剣幕が強い。



だが、言葉とは裏腹に声が震えていた。



ヒストリアが小さく息を呑む。

「わ、私の目に、…何かあるのでしょうか…」



フェルバールにいた頃、王の私生児であるヒストリアは、母譲りの赤い目の事で、王妃から嫌がらせのようになじられたことがある。



『お前の目は男を誘惑する』

『赤い目なんて呪われている』

『穢らわしい私生児のお前にぴったりだ』


もしかしたら、大神官も同じように自分の目が忌むべきものだと思っているのかもしれない。



ヒストリアは、もう一度ルーカスを見るが、沈黙したまま動かない。


その目には、横柄さでは説明のつかない苦悩と葛藤が宿っていた。


そして、誰にも聞こえないほど小さく呟く。



「…生きて…いたんだな…」


セオドールは眉を寄せたが、その言葉はヒストリアだけがわずかに聞き取った。


「え…?」



「…ヒストリア、といったな。そのペンダントを見せてくれないか」


「…はい、どうぞ」


ヒストリアは自分の首から外すと、ルーカスに渡した。


「……」


何か考え込むように石を見つめるルーカスに、言葉をかけたのはミレイユだった。


「大神官様、一体どういうことでしょう?…そのペンダントに何かあるのですか」


その声に、ルーカスは表情を完全に整えた。




「…七十年くらい前、赤眼の少女のためにこのペンダントを造ったのは俺だ」


いつもの尊大な顔で告げたのは、この場にいる全員が信じがたい言葉だった。



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