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50.断罪



帝国中央にある、地下審問室は、冷たい石の壁と、魔法灯の光だけが照らす空間。


鎖で両手を縛られ、鉄椅子に座らされた宰相、ラザフォード・オルディス侯爵は、捕らわれたにもかかわらず、まだ自分の権勢が残っているかのように顎を上げていた。


だが、真正面に座ったのは、審問官ではなく、皇帝レオンハルト。


そしてその背後には、鋭い目の軍務卿、諜報局長、魔術院長。

帝国の中枢を担う者たちが揃っていた。



レオンハルトは、静かに口を開いた。


「…宰相。まず確認したい。お前が提出した“皇后暗殺未遂”の証拠書類だが――」


机にトン、と分厚い封綴書類が置かれる。


「半数が偽造だった。署名は巧妙な転写魔法で作られ、証言も買収か脅迫によるものだ」


オルディスの額に汗がにじむ。

しかし口元だけは笑みの形を保っている。



「…私は帝国の安寧を守っただけでございます。大公妃殿下が皇后陛下を――、」


「嘘をつくな」


レオンハルトの声が、室内の空気を震わせた。



「大神官ルーカスから報告を受けた。大公妃には呪術に触れた痕跡は一切ない。逆に、見つかったのは、魔力が全くない身体に外部から魔力を流し込み続けられた痕だけだ」


魔術院長が続ける。


「魔獣を操るには、莫大な魔力が必要だ。魔力を持たぬ大公妃殿下には不可能。むしろ、魔力を流された影響で死にかけていた」


オルディスの表情が固まった。



レオンハルトの瞳が鋭く光る。


「お前は何故、魔力を持たないヒストリアを犯人に仕立てようとした?」



沈黙。


レオンハルトは机の上に新しい書類を置く。


「――お前の娘、セレナの証言だ」


オルディスの肩がぴくりと震えた。



「セレナ嬢は自白した。『ヒストリアを憎んでいた。セオドール殿下を奪われると恐れていた』とな」


「…ッ、セレナが…!」



これは、レオンハルトがついた嘘だが、宰相には効果覿面(てきめん)だった。


ついに余裕が崩れ始める。



諜報局長が冷たい声で言った。


「宰相。あなたの邸から、“魔獣を使役するための魔印石”が多数発見された。帝国では所持が厳禁の禁術具だ」


魔術院長も書類を広げる。


「しかも、魔印石に刻まれていた術式は侯爵家の家紋を変形させた固有構文。ごまかしは通らないぞ、オルディス侯爵」


宰相の顔から血の気が引いた。



レオンハルトは、淡々と続けた。


「お前が企んだのは、皇后暗殺未遂の偽装、大罪をヒストリアに被せ大公国を動揺させ、その混乱を理由に北方の大公領の再併合を行うことだ」


「……」


宰相は唇を噛む。


「狙いは大公国の魔力資源か?」


レオンハルトは一歩近づき、


「私とセオドールが、兄弟で二国を守るという方針を覆すつもりだったのか?」


その声音は、抑えているのに凍りつくように冷たい。


オルディスは声を上げた。


「…帝国は弱体化しています!北方の力を帝国に戻さねば、いずれ他国に…ッ」


「そのために、ヒストリアをあんな目に遭わせたのか」


レオンハルトの声は低く、怒りを押し殺していた。



「彼女は何もしていない。それなのに、お前は傷つけ、罪を被せ、殺そうとした」



沈黙。


重い静寂が室内に広がった。


「――宰相オルディス。帝国を裏切り、皇后を陥れ、大公妃を殺しかけた。…この罪は重い」


オルディスの瞳が絶望に濁る。


尋問室の扉が重く閉じられた。





*******

同時刻、別の審問室にはセレナの姿があった。


椅子に座る彼女の髪は乱れ、頬には涙の跡が残っている。


それでも、瞳の奥には狂気じみた固執が残っていた。


審問官が記録書を閉じ、低くため息をつく。


「…答えが全部嘘ですね。これでは取り調べになりません」



セレナは口の端を吊り上げ、不気味な笑みを見せた。


「私は嘘なんてついていませんわ。むしろあなたたちが嘘をついているのでしょう?わたくしは、殿下の婚約者なのよッ…失礼にも程があるわ!」



審問官は額に皺を寄せた。


「…その婚約は五年前に無効となっています」


「違います!」


セレナが机を叩いた。


「“氷花(ひょうか)”を贈られたんです!あれは殿下がわたくしに永遠の愛を誓った証ですわ!」



氷花――北方の雪の中にしか咲かない希少な花。

花言葉は、『永遠に変わらないもの』


それをセレナは“永遠の愛”と信じていた。



「殿下は確かにわたくしに氷花をくださいました!政略婚だと分かっていても、殿下はわたくしを愛してくれています…!」



審問官が眉をひそめたそのとき―――、


扉の前で衛兵が姿勢を正し、声が響いた。


「ノルディア大公殿下のご入室です!」


審問官が驚いて椅子から立ち上がった。



「た、大公殿下!? ここは危険です、まだ彼女の精神状態が―――」


「少し外してくれ」


セオドールの声は低いが、不自然に静かだった。


審問官たちは顔を見合わせ、すぐに部屋を出ていく。




扉が閉じ、二人きりになった。



セレナの瞳が輝く。


「で、殿下…っ!来てくださったのね!わたくしを迎えに―――」


セオドールはゆっくりと歩みより、セレナの前に座った。


「話がある」


その声音は優しさも怒号もない。

ただ真っ直ぐで、凍えるほど冷静だった。


「まず、ヒストリアを傷つけた件。俺は宰相家を許すつもりはない」


セレナの笑顔が一瞬で強ばる。


「わ、わたくしじゃありません!全部お父様が――ッ」


「お前も関わっていた。侯爵家の地下牢に顔を出したのは誰だ?」


セレナの唇が震える。


「…あれは…お、お父様の暴挙を止めようと…!」


「ヒストリアは死にかけた」


セオドールの声は低い。

しかし、その中にある激しい刃をセレナは感じて後ずさる。



「で、殿下は…あの子を庇うのですか…?」


「…庇う?あれが俺に庇われるタマか」

セオドールがニヤッと笑う。


セレナは、はっと息を呑む。

セオドールが笑うところなど、見たことがなかったからだ。



セオドールは続けた。


「誤解させていたなら訂正する。俺はお前を愛したことは一度もない」


セレナの全身が硬直する。


「う…そ…、嘘よ…あの氷花は…“永遠の愛”の証で…」


セオドールは短く息を吐いた。


「…“永遠に変わらないもの”か」


「そうですッ!わたくしに下さったではないですか!!」


「お前が求めてやまなかったから、贈っただけだ」


「…いえ、殿下は、わたくしを愛していますッ!!」


「違う。“変わらない関係”という意味で渡した。俺がお前を愛することは永遠にない。それでもお前が望むなら政略婚の“枠”は保つ、と」



セレナの瞳から色が消えていく。


セオドールの声は静かだが、優しさはなかった。



「セレナ。お前が俺をどう思っていようと、俺がお前を選ぶ未来は、最初から存在しなかった」


「……」


「それなのに、お前は父親と結託し、裏で動きすぎた。婚約解消後も、大公妃に成り上がるために汚いことに手を染めているのは明白だ。多少の事なら目を瞑ってきたが、今回の件は許すことはできない」



セレナの膝が折れた。

その場に崩れ落ち、両手で顔を覆う。



「違う…ッ…!殿下が好きです…、ほんとうに子どもの頃は、権力なんてどうでもよくて…っ…、ただ、あなたに褒めてほしくて…、でも…いつの間にか…、あなたの隣に立つには力がいるって、…そう思うようになって…」



嗚咽が尋問室に響く。


セオドールはその姿を一瞥したが、そこに情けも、哀れみも浮かばない。



ただ、一つだけ残ったのは、過去に抱いたかもしれないわずかな同情だけだ。


その同情さえ、もう意味を持たない。


セオドールは踵を返した。


「…セレナ。お前がどれほど泣いても、もう二度と、俺の前に立つことはない」


扉の前で一度だけ振り返る。



「俺がこの場で斬り殺さないのは、幼い頃に共に過ごした縁に免じてだ。今後は、帝国法に従え」


そして、静かに扉を閉じた。


泣き崩れるセレナの声が廊下に漏れるが、セオドールは一度も振り返らなかった。



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