47.包囲
ヒストリア救出から数日が経った頃、皇宮の皇帝執務室、さらにその奥にある密談室には、通常はここには入れない顔ぶれが集まっていた。
机の上には、侯爵家と宰相府の魔力動作記録、証言の写し、魔法記録の転写板が山のように積まれている。
どれも、極秘扱いの資料だ。
「…やはり、整合性が合わない」
レオンハルトが、資料を読み終え、低く呟いた。
「侯爵家の魔力動作記録は細工されている可能性があります」
報告したのは、皇帝直属の魔導監査官。
帝国でも五本の指に入る魔力鑑定の専門家だ。
「映像の魔力波形が不自然です。本来、記録魔法は『撮影者』の魔力が必ず混じるはずですが…、これは全く痕跡がありません」
ミレイユは固く唇を噛む。
「つまり…、誰かがこの世に存在しない映像を作ったということ?」
「可能性は極めて高いです、皇后陛下」
ミレイユの拳が震える。
「ヒストリアは…、ずっと嘘で追い詰められていたのね」
レオンハルトは、妻の手をそっと握り、沈痛な声で言った。
「侯爵家は、皇后暗殺未遂を理由に好き勝手しすぎた。…だが、このまま動けば内乱になる。証拠が揃うまで我慢するしかなかった」
「わかってるわ…。でも、悔しい」
ミレイユは涙を堪えながら、机の上の転写板を見つめる。
そこには、ヒストリアが閉じ込められていた地下牢、魔方陣が幾重にも重なる気味の悪い拷問部屋、さらに、ヒストリアの傷痕の一部が記録されていた。
その時、密談室の扉が勢いよく叩かれた。
「陛下!」
扉が開き、別の監査官が駆け込んでくる。
「貯水施設から“魔獣の角”の一部が、数日前に抜き取られていたことが判明しました!」
レオンハルトの目が鋭く光った。
「抜き取ったのは誰だ」
「現在の調査では、宰相家の令嬢セレナ様の侍女が、倉庫の鍵を借り出した記録が見つかっております!」
ミレイユが息を呑む。
(…ヒストリアを貶めるための本物の魔獣の残滓をセレナが…?あの子、どこまでやる気なの…)
レオンハルトは立ち上がり、低い声ではっきりと言った。
「オルディス宰相とセレナ令嬢、二人とも黒だな」
密談室の空気が一気に張りつめる。
「リュシアン。侯爵家への家宅捜索の準備だ。全て皇帝直轄の権限で行う」
「はっ!」
「証拠が揃い次第、宰相を拘束しろ。娘もだ。皇族への冤罪、違法な拷問、証拠捏造、その他全ての罪を暴け」
レオンハルトの声音は珍しく怒りに染まっていた。
ミレイユは静かに頷き、痛々しい傷痕の転写版にそっと手置く。
「ヒストリア。あなたを苦しめた者は、私たちが必ず裁くわ」
ミレイユもまた、これまでに見たこともないような厳しい表情を見せる。
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「これより、オルディス侯爵家および宰相府の同時捜査を行う」
侯爵領の手前で、レオンハルトが発した声に、場の空気が一気に張り詰める。
「証拠隠滅を防ぐため、包囲は迅速に行え。同時に宰相府の帳簿、資金流通、呪術士との接触、兵の動きを洗う。宰相オルディスに繋がる資金線は全て押さえろ」
「陛下、侯爵家への通告はいかがいたしましょう…」
治安局長が、確認する。
「不要だ」
レオンハルトの声は氷のように冷え切っていた。
「事前通達すれば証拠を消される。全隊、夜明け前に侯爵家を包囲しろ。抵抗があれば、即時制圧だ」
隊長らが深く頭を下げる。
レオンハルトの命令を受け、直轄捜査隊はひそかに動き出した。
闇が最も深い時間帯、侯爵家と宰相府の罪を暴くための包囲作戦が始まろうとしていた。




