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44.それぞれの痛み



侯爵家から連れ帰られた直後、ヒストリアは大公国側が帝国駐留時に使う屋敷の療養室に運び込まれた。


セオドールは、寝台に横たえる瞬間まで彼女を離さなかった。



すぐにレオンハルトが手配した、医療班の医者と治癒魔法士たちが集まってくる。




「大公殿下、診察のため、一度だけ部屋をお出に…」


医師の声が弱く揺れる。


セオドールが振り返っただけで、室内の空気がぴん、と張り詰めた。




「…ここを離れる気はない。そのままやれ」


短く答え、セオドールは寝台脇に残る。




医師たちは顔を見合わせたが、この暴君に逆らえば凍りつかせられる、という恐怖を悟っているから誰も反対しない。




ヒストリアの体は、薄い布がそっとめくられただけで痛々しい傷が露わになった。


鎖の跡が手足に深く食い込み、背中には拷問具による切り傷。


腕と腹には、打撲の痕が広がっていた。




「……っ」


医師のひとりが息を呑む。



「傷による熱、出血と過労による意識混濁かと…。水分も足りない状態です。これはかなり長期間―――」


「…どの程度で治る」

セオドールの声が遮った。


低い、けれど抑え込んだ怒りが滲んでいて、医師は一瞬言葉を飲み込む。



「…幸い、致命傷ではありませんが、怪我の程度からすれば生きていたのが奇跡、という状態です。時間と安静があれば必ず―――」


「だから何日だ」


「さ、最低でも五日は安静になさってください…。毒にあたったわけではないので、まずは、治癒魔法士に傷を治させ、その間に体力を回復させる治療を行いましょう」




セオドールはゆっくりと頷いた。



だが―――、

その拳は強く握りしめられ、白く変色し血が滲んでいた。



医師がさらに診察を続ける。


ヒストリアの手首をそっと持ち上げると、かすかに指先が動く。



生きようとする反応。



「…殿下、意識は不明瞭ですが反応はあります。今は熱もあり眠っていますが、大丈夫です」



セオドールは、無言でヒストリアの手を包む。


冷たくて、細い。


「…ヒストリア」



その名を呼んだだけで、

彼女の睫毛が、微かに震えた。



医師が慎重に治療を施す間も、セオドールは一歩も後ろに下がらない。


その背後に控えるカインは、静かにセオドールの暴走を見張るように立ちながら、同じように歯を食いしばっていた。




*******

治療が一段落した頃、医師が言う。


「大公殿下、今夜はここから動かすこと自体が危険です。ここで寝かせ、熱を下げ、点滴と怪我を治す治癒魔法を継続します」



セオドールは小さく頷いた。



「わかった。ただし、治癒魔法はスクロールにして持ってこい。この部屋には誰も近づけるな」



「…は、はいッ…!」


医師たちは震えながら下がっていった。

カインも、暴走の危険はないと判断したのか、一緒に部屋を出る。




部屋が一気に静かになった。


セオドールはヒストリアの隣に椅子を引き寄せ、目を閉じて彼女の手を握ったまま、かすれた声で呟く。



「…遅くなって、すまなかった」


その一言だけが、

彼の胸の奥にあったすべての痛みを表していた。




*******

一方、皇宮内の皇帝執務室。


夜中にも関わらず、レオンハルトの机上には新たな報告書が置かれた。


「…ヒストリアが、尋問で重度の損傷を負っている?」


報告書を読み終えた瞬間、

レオンハルトの声が低くなった。


側近は緊張の面持ちで続ける。


「殴打・拘束による打撲痕、切創が多数。体内には魔力が流された形跡があり、救出が遅れれば命に関わっていたとのことです」


机の角が、レオンハルトの握る力でキィ、と軋んだ。



「…尋問とは名ばかりの拷問か」


静けさの中、その声だけが重く響く。


一瞬の沈黙。



そしてレオンハルトは素早く立ち上がった。


「神殿に連絡だ。帝国最高峰の治癒魔法士と治癒に長けている神官を即刻手配し、セオドールの屋敷に送れ。これは皇命だ。傷ひとつ残らないようにを治せと伝えろ」


「はっ!」


「それと──―、」



レオンハルトは攫われた少女の姿を思い浮かべる。 ミレイユが泣きながら訴えた顔、震える侍女エマの証言、セオドールの凍りつくような怒り。


全てが脳裏に焼き付いていた。



「…この件、間違いなく宰相が背後にいる」


側近達がざわつく。



「しかし、侯爵家は帝国法に基づく公正な裁判という処置という形を取っており──、」


「それは表向きだ」


レオンハルトは冷たく言い切った。


「宰相家はヒストリアが皇后暗殺未遂を指示したという筋書きで、すべての証拠を揃えている。よく考えればあまりに早すぎる。用意していなければ、こんな速度で揃うはずがない」



「では、やはり計画的な─―─」


「間違いない」


皇帝の青い瞳が鋭く光る。


重い沈黙が落ちる。


レオンハルトは続ける。


「婚姻が結ばれた今、契約だろうと何だと彼女はノルディア大公妃であり、皇族となった。帝国の領地で勝手に捕らえ拷問をするなど、そんな権利は誰にもない。むしろその時点で侯爵家は、大公国の敵となる」



「…宰相閣下を、追い詰められる…と、いうことでしょうか…」


「そうだ」


レオンハルトは深く息を吐く。



「だが、裁くには“証拠”が必要だ。今から宰相家の裏の金の流れ、私兵の動き、魔道具の出所、呪術士との関わり、密書の筆跡鑑定…、すべて洗いざらい調べ尽くせ」


側近たちが頷き、すぐに動き始めた。


レオンハルトは、窓の外を見る。


その瞳には、 皇帝としての冷静さと、兄としての心配と痛みが宿っていた。



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