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42.石畳の道



帝都の夜は薄暗く、風は冷たいが雪はない。

人通りも少なく、街灯の光だけが頼りだった。


その道を、ひとつの影がよろめきながら走っていた。


エマだ。



「はぁ…はぁ…っ……ヒストリア様…っ…」


足は限界、呼吸はもはや痛みさえ感じていた。

それでも止まれば終わる気がして、無理やり前へ進む。



帝国の兵に見つからないよう裏道を必死で選び、ようやく皇宮の外郭が見える位置まで来た、その瞬間―――、



「……っ!」


足元がふらつき、膝から崩れ落ちる。

手のひらが石畳を擦り、皮がむけた痛みが走る。




(私がここで倒れたら…ヒストリア様が…)


視界が暗く揺らぐ。


そのとき――、




「…エマ?」


名を呼ぶ声がした。


誰かは、すぐにわかった。


振り返ると、手にランタンを持った女性が立っていた。


わずかに赤色を帯びた銀糸の髪。

深緑の眼差し。

気品と優しさを併せ持つその容姿。



―――皇后ミレイユだった。


大公国に滞在していた時、何度もヒストリアと接していた彼女は、侍女であるエマの顔を覚えていた。


それだけに、ミレイユの表情は見るなり蒼白になった。



「その傷、どうしたの!?」


エマは答えようとしたが、

声が喉で詰まった。


それでも必死に絞り出す。




「…ひ、ヒストリア様が…っ……捕まって…どうかお助けくだ…さい…!」


ミレイユの瞳が見開かれた。


彼女は周囲を素早く確認し、人目がないのを確かめると、すぐ膝をついてエマの肩を支えた。


「大丈夫。話さなくていいわ。私に伝令の鳥を送ってくれたでしょう?ちゃんとわかってるから」



エマの目から涙が溢れる。

あの時の不完全な自分の非力な魔法が、皇后に届いていたのだ。



「…ヒストリア様が、私を逃がすために…、あのままじゃ殺されてしまいます…!」


「大丈夫よ」


ミレイユは迷いなくエマを抱き寄せた。

その腕は細いのに、驚くほど強くて温かい。


「…この帝国でこんな姿にさせられるなんて、許せない」


ミレイユは即座にエマを抱き上げるようにして支え、耳元で静かにささやく。



「皇帝宮へ行きましょう。あなたの言葉を一言残らず陛下に伝えるわ」


「で…、…でも……、暗殺未遂の件で…私まで捕まったら…っ…」


「捕まえる?冗談じゃないわ」


その声は、皇后のものとは思えないほど厳しく冷たかった。


「私の命の恩人を助けるため来てくれた子を、誰が捕まえさせるものですか」


エマはせきをを切ったように泣き出した。



「ひっ…う…ぅ……っ…!」


ミレイユは優しく背をさすりながら、


「もう大丈夫。あとは私に任せて。必ずヒストリアを救うわ」


そう言って、エマをしっかりと抱えたまま、

皇帝宮へ向かって歩き出した。



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