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39.皇帝の執務室にて



大公国で、前代未聞の皇后暗殺未遂事件のあと、レオンハルトとミレイユはすぐにアストレイア帝国の皇宮に帰されていた。


皇帝専用の執務室の重厚な扉が、壊れるほどの勢いで開かれる。


「レオン!!」


ミレイユを制止しようと近衛たち慌てて部屋に入ろうとするが、怒りの形相で踏み込んできた皇后ミレイユを見て、レオンハルトが“下がっていい”という意味で静かに手を上げた。


近衛兵が下がると、レオンハルトはペンを置き立ち上がる。


「ミレイ―――」

言い終わる前にミレイユが言葉を被せる。


「リアが、侯爵家所有のどこかの地下牢に監禁されているわ!!あなたの部下は何をしているの!?すぐに救出部隊を向かわせて!!」


声は震え、息は荒い。

普段滅多に激情を見せない皇后の姿に、執務室中の空気がざわめく。


レオンハルトは、この場にいる者たちに合図を出し、全員部屋から出した。


ミレイユと二人の空間になると、静かに切り出す。


「…ごめん、ミレイユ。今は、動けない」


その落ち着きすぎた声に、ミレイユの顔から血の気が引く。


「…どういう意味?」


レオンハルトは視線をそらし、机の上の文書を一枚手に取り差し出した。


紙は端が握りしめられた跡で少し歪んでいる。



「この訴状が、宰相府から正式に提出された」


ミレイユは紙を奪うように受け取る。

そこには―――、


“皇后暗殺未遂計画

魔獣を用いた皇后襲撃の謀議

呪術士と接触の疑い

容疑者:ヒストリア・グレイス”


震える指で文面を追い、彼女は顔を上げた。



「…何これ。こんな茶番を、誰が信じるというの?」


レオンハルトは深く息を吐いた。


「多くの証言が上がっている。そして、証拠物も。もちろん偽造されたものだとは思うけど」


ミレイユの目に怒りが燃え上がる。


「こんなの嘘よ!あの子は私を守って…、怪我をしてまで私の命を救ったのよ!?どうしてそんな子が、私を狙うっていうの!!」


「わかっている。俺だって、ヒストリア嬢がそんなことをするはずがないと、誰よりも理解している」


レオンハルトの拳が机を叩いた。


普段滅多に怒りを露わにしない皇帝が、押し殺した声で続ける。



「だが、だからこそ…、俺たちは動けない」


「なぜ?私の命に関わる冤罪よ?むしろ私がヒストリアは無実だと言えば―――」


「相手は()()を待っているんだ、ミレイユ」


レオンハルトは苦しげに目を伏せた。


「呪術による魔獣の操作は帝国では処刑に値する禁呪だ。疑惑に対して正式に裁判を起こそうとしている者に、それを取り下げ釈放しろと言えば、司法への越権行為ととられる。皇后は庇われた恩義で司法を歪めたと言われても仕方ない」


レオンハルトの声は低く重い。


ミレイユは硬直した。

胸の奥が凍るような感覚。


「…そんな…ッ、」


膝が揺らぎ、壁に片手をついた。


「ヒストリアは立場上、他国の姫だ。裁判になったところで皇室が介入することはできない」


「助けたいのに、何もできないってこと…?」


レオンハルトはそっと近づき、彼女を抱き締める。

その体は震えていた。


「…悔しいが、今はまだ皇帝として動くことができない。下手に動けばヒストリア嬢の命が最初に奪われることになるかもしれない」


ミレイユは唇を噛み、嗚咽のような声を漏らす。


「こんなの…あんまりよ…、あの子は、何もしていないのに…」


レオンハルトは視線を閉じ、低く告げた。


「…わかってる。必ず突破口を見つける。ヒストリアを絶対に見捨てはしない」



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