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35.罠



セレナの動きがおかしい―――

そう最初に口にしたのはカインだった。


「殿下。ここ数日、セレナ嬢が文官の動きを不自然に探っているようです。例の魔獣の痕跡調査の資料にも、妙に執着しているようで」


セオドールは机で書簡にサインしている手を止め、静かに目を細めた。


「…堂々と仕掛けてくればいいものを」


「…暗躍が好きなんですかねぇ」


カインは数枚の報告書を差し出す。


「こちらをご覧ください。セレナ嬢の侍女が、城外の交易商と密会していた記録。それからこの部分――、」



セオドールは紙を一瞥し、短く言う。


「…魔獣の飼い主とつながっている可能性がある、か」


「まだ断言はできませんが、もし魔獣の放った者が内通者だとすれば姫が危険です」



セオドールは即座に立ち上がる。


「ヒストリアに何か仕掛ける前に止める」



ヒストリアの部屋に向かう途中、セオドールは妙な胸騒ぎに顔をしかめた。



(……嫌な予感がする)


ヒストリアの顔が脳裏に浮かんだ矢先、扉の中から、何か紙を破るような音が聞こえた。





*******

東翼にあるヒストリアの部屋の中。


ヒストリアの手には見慣れない封筒が置かれている。


エマが部屋の片付けの途中で見つけたと不思議そうに差し出してきたものだ。



銀色の封蝋。

紋章は、見たことがないものだ。


不安が胸を締めつける。


(…なんだろう?)


恐る恐る封を切った瞬間、血の気が引いた。




 次の標的は皇后ミレイユ。

 魔獣は準備済み。

 夜会の混乱に乗じて実行する。

 庭園に誘導しろ。



「……!」


(どうして私なんかにこんなものが…?)



セオドールに言わなければ。

胸の奥がざわつく。


エマがそっと手を握った。



「ヒストリア様、とにかくまず殿下に――」




その瞬間、扉が勢いよく開いた。



「ヒストリア」


セオドールの声は低く、どこか緊迫していた。



視線の先には、今開封したばかりの密書。

セオドールの表情が一瞬で変わる。


その視線は鋭く、しかし恐怖ではなく“焦り”が混じっていた。



「それは何だ」


「…知りません。部屋に置かれていて…、」



彼はゆっくり近づき、紙を奪う。


目を通した瞬間、セオドールの表情が怒りに変わる。


エマは青ざめて、一歩後ずさった。



低く、腹の底で押し殺した声がする。

「…くだらない」



セオドールは紙を持ったまま、無言でヒストリアに近づく。

その眼差しは鋭いのに、どこか焦っているように見えた。



次の瞬間、


後ろの廊下からたくさんの足音が響いた。




「大公殿下、帝国騎士団です!」


重い鎧の音が近づき、扉の前に十名ほどの騎士が整列した。


隊長が書状を掲げる。


「帝国より命を受け、ヒストリア・グレイスを“皇后暗殺計画の疑い”で拘束する!」



「…え?」


ヒストリアの目が見開かれる。

エマは蒼白になった。


セオドールはゆっくり隊長を睨んだ。



「…根拠は」


「密書がこちらの部屋にあるとの匿名の通報がありました。また、この娘が先日の魔獣襲撃に何らかの関与を…」


「ふざけるな。そんなこと――、」


否定しようとしたセオドールより早く、騎士たちが踏み込んだ。


ヒストリアの腕を掴む。


「…っ…!」


「ヒストリア!」


セオドールが咄嗟に手を伸ばす。


だが、その腕は騎士たちの盾に阻まれた。


ヒストリアの視界から、セオドールの姿が遠ざかる。



「ま、待ってください!私は何も―――、」


「侍女も連行しろ。尋問する」


「やめろ!!」



セオドールの怒声が響く。

氷が床を走り、騎士の足元を凍らせかける―――


カインが慌てて腕を押さえた。


「殿下、今ここで暴れれば余計に疑われます!」


「離せ…!」


セオドールの拳に血が滲む。


ヒストリアは騎士に引きずられながら最後に見たその姿をは、怒りというより、悔しさを滲ませた表情をしていた。



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