表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/120

30.生きている



皇帝夫妻が来たことで、ヒストリアとセオドールが、さっと距離を取る。



「…リアが目覚めたと聞いたから来たんだけど、何…?なんであなたたちそんなに顔が赤いの?」


ミレイユがにやっと笑う。


セオドールの眉がぴくりと動いた。



「…兄上、義姉上(あねうえ)。お静かに願います。ヒストリアが休めない」


「いやいや、むしろお前が騒いでるんだろ?」


「取り乱して暴走しかけたあの姿、リアに見せてやりたいわね」


「黙れ、ミレイユ」

セオドールの圧が落ちる。


「リア、聞いた?義姉(あね)に向かって黙れと言ったわ」

ミレイユは全く怯えないし、むしろ楽しんでいた。



「…兄上。早く奥方を連れて出てってください」



その言葉に反し、ミレイユが、ヒストリアの座っている寝台の側に来た。

セオドールを押し退けるようにして、椅子に腰掛ける。



「本当に、意識が戻ってよかった…」

ヒストリアの手をとり、両手で包み込む。



「…ミレイユ様は、お怪我はなかったですか?途中で意識を失ってしまい、申し訳ありませんでした」


「何をいうの。怪我なんかないわ。リアのおかげよ」


レオンハルトも、ミレイユの隣にやってくる。



「ヒストリア嬢、妻を守ってくれてありがとう。皇帝ではなく、夫としてお礼を言うよ」

そう言うと、レオンハルトが深々と頭を下げた。


「へ、陛下っ…、おやめください」


ヒストリアが慌てて制止すると、レオンハルトは柔らかく笑い、顔を上げた。



「本当のことだよ。ミレイユを守れるのは私だけだと思っていたけど、…今日は負けたな」


「ちょっと、レオン。別に勝ち負けじゃないのよ」


ミレイユはそう言いながらも、ヒストリアの手を握る力がほんの少し強くなる。


「それにしても、あなたをここに運んだ時のセオ―――、」


「ミレイユ」

セオドールの声は低く、明らかに警告だった。


だがミレイユは一瞥すらくれず、楽しそうに続ける。



「ねぇリア、知ってる?この子、あなたが倒れた時、ほとんど錯乱状態だったのよ」


「いい加減にしろ」

セオドールの声が荒くなる。



しかし、ミレイユは止まらない。


「魔獣は痕跡も追えないほど粉々だわ、護衛兵は殺しかけるわ、ひどい殺気であたり一面凍りそうだったわ」



「ミレイユ!!」

セオドールの声が荒くなる。


「この治癒塔に運んだ時も、呼吸はしてるのかって何度も医者や魔法士に確認して」



セオドールは眉間に深い皺を寄せる。

だがミレイユはさらに加速した。



「だって本当の話だもの。あれだけの騒ぎ、冷静なふりするのは無理があるでしょ?」


レオンハルトが肩をすくめる。


「まあ、あの様子は見ていてこっちも肝が冷えたよ」


「兄上まで…、黙っていてください」


セオドールのこめかみがぴくりと動く。


ヒストリアはその様子に不安そうに眉を寄せた。



「殿下、…いろいろすみません。本当に」


その一言に、セオドールの怒気が一瞬だけ和らぐ。


だが兄夫婦はそれを見逃さない。



「ほら、リアの声で落ち着いたわよ」


「まったく単純だな、セオ」


セオドールがぎろりと睨む。



「…兄上、義姉上。もうわかったから出ていってくれませんか?」


ミレイユがくすくす笑いながら立ち上がった。


レオンハルトも腕を組んでため息をつく。



「しかしまあ…、ヒストリア嬢が目を覚まして本当に良かった。お前の暴走を止めるのは命懸けだ。近衛兵が何人倒れたことか」


「兄上!!」


セオドールの怒鳴り声が治療塔に響いた。



「わかったわかった。もう行くよ」

レオンハルトが優しく微笑む。


「リア、ゆっくり休んでね。また来るわ」

二人が一礼して扉へ向かう。


「…二度と来るな」


「くくっ…可愛い弟だ」



ガチャッ――

最後まで騒がしいまま、皇帝夫妻は去っていった。


扉が閉まる。


部屋に残ったのは、

静寂と――少しだけ赤くなったセオドールと、

ぽかんとしたヒストリアだけだった。


セオドールは大きく息を吐き、ヒストリアの隣の椅子に腰を下ろす。



「…本当にまったく…」


ヒストリアは胸の鼓動が早く、しばらく黙ったまま布団を握りしめていた。


セオドールは、その様子をじっと見ていた。



「…どうした」


「いえ…」


首を振ったが、声がかすかに震えていた。


セオドールは静かに眉を寄せる。


「嘘をつくな」


「……」


言いたくない、言ってはいけない―――、

そう思うほど、胸が痛い。


黒い魔獣に襲われた記憶。

雪と血の匂い。

攻撃を受けた瞬間の衝撃。

そして、意識が途切れたときの、冷たい恐怖。



体は助かったはずなのに、心のどこかがまだそこに置き去りになっているようだった。



気づけば、息が苦しかった。



ヒストリアは小さく呟く。


「…私、ちゃんと…生きてますよね…?」


言った瞬間、セオドールの瞳がわずかに揺れた。


次の瞬間―――、

彼はベッドに膝をつき、ヒストリアの肩を優しく掴む。



「…当たり前だろ。ここにいる」



「…でも、あのとき…すごく冷たくて、黒い何かが体に纏わり付いて…、もう…」



(…私は、死んだんじゃないかと思った)



声が震えて、自覚するより早く涙がこぼれた。



驚くより早く、セオドールの腕が彼女を包んでいた。


強く、しかし壊さないように。




「…怖かったな」


その低い声に、ヒストリアの指がかすかに震える。


セオドールは彼女の頭を胸元に引き寄せた。


「もう大丈夫だ。お前は生きてる」



「…殿下…、」


「怖いなら、言え。震えるなら、隠すな。俺に、全部預けろ」


ずるい、と思うほど優しい声音だった。



頬に胸元が触れ、セオドールの心音が落ち着いて響く。


ヒストリアは静かに袖を握り締めた。



「…すみません…」


セオドールはその小さな謝罪を遮るように、さらに強く抱きしめ、囁く。


「お前が離れろと言わない限り、俺は離さない」


その言い方があまりにも甘くて、ヒストリアはただ胸元に顔を埋めるしかできなかった。



セオドールは彼女の震えが落ち着くまで、長い間、その腕を緩めることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ