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27.月明かりの庭で



ヒストリアは、ミレイユに連れられて舞踏会場の外にいた。


庭園に出て静けさが戻ると、ようやく胸の奥に張りついていた緊張が解けていく。



ミレイユは、ベンチへ座らせると同時に、まるで妹を扱うように、自分のかけていたストールをヒストリアの肩にかける。



「怖かったでしょう。無理もないわ。あの子、昔からあんな性格だから」


「セレナ様…ですか?」


ミレイユはが頷く。


「帝国宰相オルディスの一人娘で、頭はいい子だけど、昔から傲慢なのよ。自分の思い通りにならないとすぐ刺々しくなって」



その声音は柔らかいのに、言っていることはしっかり辛辣だった。


「セオと婚約していたのも、愛というより“自分が皇族になるのが当然”と思っていたのね。周りが勝手に決めて、あの時はあの子も深く関与しなかったのだけれど…」


ミレイユは少し眉をひそめた。



「結局、あの子はセオのことを飾り物か何かと勘違いしていたのよ。自分のアクセサリーかのように接するばかりで、あの子自身をまるで理解しようとしなかった」


「…それで、婚約破棄を?」


「ええ。あの子に自分の未来を任せるくらいなら、セオはずっと一人でいた方がましだとでも思ったんじゃないかしら」


冗談めかして笑うけれど、ミレイユの目には強い嫌悪が宿っていた。



「それに…、大公位を貰ったセオドールを狙う令嬢なんて山ほどいるもの。だから私も、彼の()()()として花嫁制度には賛成だったんだけど」


ヒストリアは小さく瞬いた。


「…女避け、だったんですか」


「帝国の支配を象徴する意味もあるけれど、

レオンがそれを看過していたのはセオのためよ。権力に群がる女ほど面倒なものはないから」


ミレイユはヒストリアの手をそっと包み込む。



「贈り物の花嫁は、今まで何人も来た。大公妃の座を狙う者だけじゃなく、セオを通じて大公国や帝国に取り入ろうとする者、内側からクーデターを起こそうとする者、ほんとにたくさん…。でも、ほとんどは国へ送り返されるか、失態をきっかけに属国を攻める口実になったり、ひどい場合になると、花嫁がこの城では生き残れなかった」



ヒストリアの肩が小さく震える。


ミレイユはその震えに気づき、優しく言葉を続けた。



「でもね、あなたは違うわ、リア」


「……?」


「セオドールがあなたを“人”として扱っている。また、あなたもセオドールをそう扱ってくれているでしょう?これは、あの子が今まで誰にも見せなかった変化よ」


ミレイユは微笑む。

それは、義理とはいえ、弟を思う姉の顔そのものだった。



「あなたが彼のそばにいるとき、セオは本当に人間らしい表情をするわ。本人は気づいてないでしょうけど」



「…ですが、私は元々ここに来るはずだったリヴィアナではありません。偽物ですし、身分も平民です」


「―――偽物と思ってる相手に、あんなに優しい表情を見せて一緒に踊ったりしないわ」



ヒストリアの胸の中が、自分でもわからない感情でざわざわする。


ミレイユはただただ優しく背中をなでた。




月明かりの庭園で、ミレイユと話し、気持ちが少し落ち着いた頃だった。


遠くから、微かな―――、しかし鋭い裂けるような音が聞こえた。


「…今の、何の音ですか?」


ヒストリアが眉をひそめる。


ミレイユも、ため息を止めるように顔を上げた。


「扉の向こうよね?…おかしい。衛兵の声がしないわ」


言い終わるより早く―――、

重厚な門扉が、ドンッ と外から凹んだ。



「えっ…?」



次の瞬間、闇を纏うような影が扉を突き破って突入してきた。



地面を裂く爪。

黄色く濁った目。

黒い霧を吐く異形の魔獣。



「魔獣!?どうして城内に…!」


ミレイユの護衛がすぐに前へ飛び出す。


同時に、ヒストリアの護衛であるノエルも駆けつける。


「姫さん、下がって!」


しかし魔獣は速かった。

扉を壊した勢いのまま、一直線にヒストリアとミレイユの方へ突進してくる。



「…ッ…!」


一撃―――、

そう思ったとき、ミレイユの腕輪が眩い光を放った。


ギィン!

透明な結界が瞬時に張られ、魔獣の爪が弾き返される。



「…レオンの防御魔法…?さすが私の旦那様ね」


ミレイユは胸を押さえながら息を吐く。



しかし魔獣は怯まない。

結界に連続して体当たりを始め、護衛とノエルは必死に剣をふるうが、如何せん数が多い。



黒い影が、さらに二体現れた。


「数が…増えてる」


(まさか、誰か意図的に…?)


ヒストリアはミレイユの結界を見るが、消えかけている。




「姫さんッ!!!」

ノエルが叫ぶより早く、

一体がヒストリアへ飛びかかってきた。



寸前で避けたが、爪が肩をかすめ、赤い血がドレスに染みる。


「…ッ…!」


ノエルが追撃を受け止めるが、ミレイユの防御壁の結界も限界に近づいていた。


黒い獣の牙が結界を破る音が響く。



(…このままだと、ミレイユ様が危ない)


ヒストリアは胸の奥で心を決めた。


ヒストリアは、ドレスの裾に隠された深いスリットに手を入れ、足につけられている細剣を取り出す。


カインが()()としてヒストリアに渡した剣だった。

舞踏会用のドレスには似合わない鋼の冷たさが、今はひどく心強かった。



「姫さん、どうしよう…っ、血が…ッ…」


ノエルの声を無視し、ヒストリアが一歩、獣へ踏み出す。


魔獣が振り返り、黄色の目で彼女を捉えた。


その顎が開き―――、


“ガアアァーーーッ”



雄叫びとともに、ヒストリアの剣が弧を描いた。


迷いのない、鋭い斬撃。


魔獣の首が一撃で横に弾かれ、黒い影が地面へ沈むように落ちていく。



すぐにもう一体が飛びかかる。


ヒストリアはミレイユから離れるように、後ろへ飛び退きながら刃を構えた。


「ノエルは、あの護衛たちと一緒に皇后陛下を守って!」



ノエルは一瞬躊躇った。

ノエルの守るべき主人はヒストリアだ。

しかし、彼女の腕を知っているし、この場では戦闘経験の浅い自分が勝手に動くよりも、ヒストリアに従うのが一番だと、瞬時にそう判断する。



ミレイユの護衛も反撃に転じ、残りの影の獣は、ヒストリアとノエル、護衛達によって次々と倒されていった。


静寂が戻る。


ヒストリアは小さく息を吐くと、そっと剣を下ろした。


血が滲む肩が痛む。

ドレスは裂け、血が大量に滲んでいた。


ミレイユが息を呑む。



「…リア、…」


「…ミレイユ様、お怪我はないですか?」


掠れた声で、それだけ言った。



ミレイユは震える手でヒストリアを抱き寄せる。


「…私は大丈夫!でもあなたが…、」


「私、フェルバールでは騎士だったんです。だから、これくらいの怪…我……」


そこまで言ったところで、ヒストリアの視界が霞む。


恐怖と安堵が混ざったからだろうか、ゆっくりと意識が途絶えた。



「魔獣の毒かもしれないわ…っ、早く部屋に運びなさい…!」

ミレイユが近くの護衛に指示を出した次の瞬間―――、



庭園の出入り口のあたり、城の中から氷の魔力が荒れ狂う気配がした。


冷たい風が走り、視界が一瞬で白く染まる。



(…セオ…?)


吹雪のように、凍りつくような殺気が迫っていた。



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