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24.舞踏会の始まり


舞踏会の会場である大広間へ続く回廊は、既に音楽と人のざわめきを内側に閉じ込めていた。


その手前、控え室では―――



ヒストリアは鏡の前で自身のドレスの裾を持ち上げていた。

黄金色のふわりとしたドレスは柔らかく光を反射し、赤い瞳を際立たせる。

だが裾が長すぎて、歩く度に足に絡みそうだ。



「…本当に、歩ける気がしません」


ぼそりと零すと、背後から低い声が落ちた。


「足元を見ろ。裾を踏むな」


セオドールだった。

隣に立つと、指先でヒストリアのドレスについているレースの流れを整える。

必要以上に距離が近い。


「そもそも、殿下がこの動きづらいドレスを選ばれた基準はなんですか?」

不満を隠さず言うと、


「見栄えがいいからだ」


きっぱり。


「…私の扱い、衣装も含めて雑では?」


「事実を述べただけだ。それにお前が動き回らなければなおいいからな」


「私を何だと思ってるんですか」


「黙っていれば、綺麗な花だろ」


「…喧嘩売ってます?」


「褒め言葉だ」


まるで揶揄(やゆ)って楽しんでいる。

けれどその目は、どこか本気で彼女を眺めているようだった。


ヒストリアは気づかない。



扉が開くと、音楽が一段階高く響いた。

大広間の視線がすべて「氷の大公」と囚われた姫「贈り物の花嫁」に向けられているのがわかる。


心臓が跳ねた。


「…ひ、人がたくさん…」


「当たり前だ。俺達の入場は最後から二番目だからな」


セオドールは淡々と答え、ヒストリアの背に手を添えた。

支えるというより、導くように前へ。


「殿下、押さないでください」


「押してない。支えているだけだ」


「そんな強く支える必要―――」


「お前が震えているからだろ」


「…っ、」


図星だった。

彼の手があるだけで、不思議と安心して足が前に出た。


大広間の中へ入った途端、ざわ…っと空気が揺れる。


「赤い瞳だ」「あれが人質の花嫁?」「本当に連れてきたのか」


そんな囁きが波のように広がる。


ヒストリアの肩がぴくりと強張った瞬間、セオドールはさりげなく距離を詰めた。


「視線を気にするな」


耳に届く小声。

低いのに、妙に落ち着く声だった。


「…できませんよ、気になります」


「…では、お前は俺の護衛をしているくらいのつもりでいればいい。その方が堂々と立てるだろ」


セオドールの言葉で、本当に不思議と呼吸がゆっくりになる。

ヒストリアは気づかないが、胸の奥で何かが温かく揺れていた。


セオドールは逆に、ヒストリアの緊張した指先が袖に触れたのを感じ―――

ほんのわずかだけ、歩幅を彼女に合わせた。


誰にも気づかれないほどの、優しい変化。




二人が大広間の中央に立つと、視線がさらに集中する。

だがセオドールの手は決して離れない。


「…殿下」


「なんだ」


「…もう大丈夫そうです。そろそろ離してください」


「嫌だ」


即答だった。


「…どうしてですか…っ」


「お前が勝手に歩き回るからだ」


「歩き回りません」


「信用できない」


ヒストリアはむっとする。

でも不思議と―――、

セオドールの手の温かさは少しだけ心地よかった。



程なくして人々がざわめき、音楽がすっと弱まった。

扉の前に控えていた兵士が合図を送り、重い扉がゆっくり開いていく。


煌びやかな光の中――、


皇帝レオンハルトと皇后ミレイユが姿を現した。


場にいた貴族たちが一斉に頭を下げる。

だが二人は、尊大さよりも柔らかい気配をまとっていた。


レオンハルトは穏やかな青い瞳で会場を見回し、ミレイユは横で楽しげに微笑んでいる。


やがて、視線がセオドールとヒストリアを捉えた。


ミレイユの顔がぱっと輝く。

大広間の喧騒の奥で、一際柔らかな笑みが向けられた。


「リア!また会えて嬉しいわ。さっきはゆっくり話せなかったでしょう?大丈夫?緊張してない?」


「は、はい…、ミレイユ様」


レオンハルトは目を細め、ヒストリアを見た。


「良い顔をしているね、ヒストリア嬢。さっき会った時よりずっと落ち着いている」


「…それは、その…殿下が“護衛だと思え”と仰ってくださったからです」


「ははっ、こんな可愛い護衛がいるか?」


「兄上」


セオドールの声が低くなるが、

レオンハルトは気にも留めない。


ミレイユがセオドールの外套を軽くつまむ。

「あなたも、いつもより柔らかい顔してるわよ。リアのおかげね」


「…何故そう結論づけるんですか」


「うふふ、見ればわかるわ」


セオドールはむすっと黙る。



皇帝夫妻の空気は温かい。

気遣いでも、遠慮でもない、家族に向ける柔らかな温かさだった。


レオンハルトがヒストリアに向き直る。


「改めて、今夜は楽しもう。視線が多くて落ち着かないだろうが、気にする必要はないからね」


ミレイユも穏やかに頷く。


「あなたが誰にどう見られても、ここでは私たちが味方よ。困ったら、すぐに私を呼んで」


「…ありがとうございます」


胸の奥がじんと温かくなる。


セオドールがその様子をちらりと見て、

なぜか不機嫌そうに口を開く。


「…兄上、義姉上。ヒストリアをあまり甘やかさないでください」


「何を言う。これでもまだ足りないくらいだよ」


「そうよ。あなたこそ、もっと大切に扱いなさい」


セオドールがそっぽを向く。


その様子を見たミレイユは、小さく笑ってヒストリアの手を包む。


「それじゃあ二人とも、貴族たちの挨拶があるから行くわね。リア、また後でゆっくり話しましょう」


皇帝夫妻は軽く会釈し、離れていった。


残されたヒストリアは、思わずセオドールに視線を向ける。


「殿下のご家族は、とても温かい方々ですね。

私なんかのことを気遣ってくださって」


セオドールは短く息をついた。


「…当然だ。俺が謁見の間に連れていくのは異例だからな」


それは不器用な言い方だったが、ヒストリアの胸には柔らかく響いた。


(…大事にされている、なんて思ってはいけないのに)


小さな戸惑いと、嬉しさが混ざった。



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