23.皇帝夫妻の来訪
大公城の謁見の間、
セオドールとヒストリアが深く一礼した。
その玉座には、皇帝レオンハルトと皇后ミレイユが並んでいる。
「久しぶりだな、セオドール」
皇帝レオンハルトがセオドールの姿を見つけると、笑みを浮かべて立ち上がる。
ノルディア大公国の南側にあるアストレイア帝国は、セオドールの故郷だ。
レオンハルトは腹違いの兄にあたる。
母親が違うとはいえ、この兄弟は仲がよかった。
特にレオンハルトは、五歳離れた弟のセオドールを幼い頃からかわいがっている。
兄弟の父、先代のアストレイア皇帝が十年前に崩御し、当時十八歳だったレオンハルトが皇位を継いだ。
「お久しぶりです、兄上」
「相変わらず固いな。肩が凝りそうだ」
「…兄上はいつも軽いですね」
「そりゃお前が重すぎるんだ」
「…意味がわかりません」
「いや、まるでこの国の氷みたいに固くて真面目すぎるってことだよ」
皇帝陛下と大公殿下でではなく、ただの兄弟のようなやり取りが続く。
「あぁ…、そちらが噂の花嫁さんかな?」
ヒストリアは、突然皇帝から視線を向けられ驚くが、すぐにドレスの裾を持って挨拶をした。
「…フェルバールから参りました―――、」
そして、名前を名乗ろうとして止まる。
(…ヒストリア?それともリヴィアナ?)
何と名乗ればいいのだろう?
「緊張しなくていいよ、ヒストリア嬢」
レオンハルトは優しく言った。
ヒストリアが驚いて顔をあげ、そこで初めてレオンハルトの顔を見た。
銀色の髪と、青い瞳。
セオドールの兄だというだけあって、よく似ている。
その横で皇后ミレイユがすっと立ち上がる。
彼女のドレスは淡いラベンダー。
動くたび、光が花びらのように揺れた。
「あなたがヒストリアね」
「…はい、皇后陛下。お会いできて光栄です」
緊張で心臓が速く鳴る。
その空気を和らげたのはミレイユの柔らかい声だった。
「堅苦しいのはやめて」
ミレイユは微笑むと、歩いてヒストリアの前まで来る。
そして、挨拶のためにドレスの裾を持ち上げようとしていたヒストリアの手を取り、顔を近づけた。
「…ねぇ、あなたの瞳――赤いのね。まるでノルディアに咲いた花みたいで美しいわ」
「……」
「セオに意地悪されてない?何かされたら私に言うのよ?」
「……え、あ、いえっ、そんなことは…」
ヒストリアがセオドールの方を見ると、低く咳払いをした。
「ミレイユ、近いです。離れてください」
「嫌よ、だって可愛いんだもの」
「貴女のものではありません」
セオドールとミレイユの会話はどこか軽妙で、本当の姉と弟のようだった。
「ふふっ…」
レオンハルトが口を押さえて笑っている。
「…やれやれ、弟が人を取られて嫉妬するなんて」
「嫉妬などしておりません」
セオドールが眉をひそめる。
「兄上の大切なお后様の距離が近すぎるのです。もう少しご自分の側に置いておいていただけるとありがたいのですが」
「何よ、触るなって言いたいの?」
「その通りです、義姉上様」
ヒストリアは目をぱちぱちさせて、一体誰の言葉に反応すればよいのかわからずに困惑する。
ミレイユはちらりとセオドールを見てから、ヒストリアの方へ目を戻した。
「大体、…花嫁なんて呼び方、いやな言葉」
ヒストリアが小さく息を呑む。
「そんなもの、人質の飾りにすぎないじゃない。本当に花嫁って呼べるなら、ちゃんと幸せにしてもらわなきゃだめよ」
「…皇后陛下、それは――」
「気にしないで。あなたを責めてるわけじゃないの。ただ、あなたがここにいる意味に、ちょっと興味があるだけ」
ミレイユは軽く肩をすくめて、セオドールを見る。
「素敵な子ね。目が強くて、でも優しい。貴方が惹かれるのもわかるわ」
「…誤解です。俺は惹かれてなど」
「まだね」
「…ミレイユ」
「お城に住まわせてるじゃない」
「…必要だからです」
「必要?」
「…野放しにしておくと、何をするかわからないので」
「ふぅん…、そういうことにしておくわ」
レオンハルトが口元をゆるめた。
「なるほど。報告にあった通り、弟が少し人間らしくなったというのは本当らしいな」
「兄上、誰がそんな報告を」
「カインだ」
「…あの男め」
ヒストリアは困ったように二人の兄弟を見比べた。
不思議だった。
“氷の暴君”と呼ばれる男が、こうして兄の前では少し幼く見えることが。
ミレイユがそっとヒストリアの肩に手を置いた。
「ねぇ、リアって呼んでいい?」
「ぇ、…あ、はい。もちろんです、皇后陛下」
「ミレイユでいいわ。名前で呼んで」
「…はい、ミレイユ様」
「リア、難しく考えなくていいのよ。この国で生きることを、ちゃんと楽しんで。あとは、セオに任せておけばいいの」
ヒストリアが小さくうなずいたとき―――
レオンハルトが満足げに笑って言った。
「今夜は久々に舞踏会が楽しみになってきたな。セオドールも、まさか踊らないなんて言わないだろ?」
「さぁ?踊れないだ何だのと、文句を言ってるのはヒストリアです。命令されるのであれば、あっちにどうぞ」
「そうか。では、ヒストリア嬢―――」
レオンハルトがこちらにやってくる。
目の前で見ると、高い身長と透き通るような銀色の髪が、本当にセオドールとそっくりだった。
違うのは瞳の色。遠目にはわからなかったが、
深青ではなく、やや淡い色をしており、彼の独特の穏やかな雰囲気とよく合っている。
「無愛想な弟だが、どうか一緒に踊ってやってもらえないだろうか」
「…足を、踏まないように精一杯頑張ります」
「…足か。それは許可しよう。いくら踏んでも気にしなくていいよ」
レオンハルトがにこっと笑う。
この二人―――、セオドールの家族は、彼を臣下や大公としてではなく、弟として愛しているのだと、ひと目でわかった。
ミレイユがくすっと笑う。
「リア、またあとでね」
謁見の間を出ると、空気が静かに感じる。
セオドールがぼそりと呟いた。
「…余計なことを言う」
「どちらのことですか?」
ヒストリアが無邪気に聞く。
「…両方だ」
「ふふ…、素敵なご家族ですね」
セオドールは一瞬だけ言葉を失い、静かにため息をついた。




