21.宴の準備③
雪の闘技場での決闘の翌日の夜、セオドールから広間へ来るようにと言われやってきたヒストリアは、大きな扉の前で一度立ち止まる。
(…この格好、どこか変なんじゃないかな)
近くに鏡がないため全身を見ることはできないが、下に視線を落としてもう一度自分の姿を確認する。
淡い桃色のドレス。
床に引きずる程の丈ではないため、足元には真っ白なヒールの高い靴がのぞいていた。
髪はまとめられ、首筋には母のペンダントが光る。
心を決めて扉を開けると、明かりが落とされた大広間は、高い天窓からの月光が床に白くこぼれていた。
その空間に一人佇んでいるのはセオドールだ。
まるで氷の中に立っているような空気の中で、ヒストリアは思わず息を呑む。
ヒストリアに気づいたセオドールが、一瞬間を置いてから静かに手を差し出す。
「…手を」
「い…、いきなりですか?」
「手を握らなければダンスを教えられないだろ」
「…はい」
ヒストリアが少しだけ頬を染めながら、その手を差し出す。
指先が触れると、心臓が跳ねた。
セオドールがそのまま手を引き、肩を抱く。
「力を抜け。肩が硬い」
「…ですが、殿下の視線が刺さって…」
「剣の勝負の時はもっと刺していたが、文句は言わなかっただろ」
「それとこれとは違います…っ」
セオドールが小さく息をつく。
「…右足を引け。そう――次は俺の動きに合わせろ」
二人の靴音が、静かな床にコツリと響く。
セオドールが軽く押すようにして導き、ヒストリアは体をあずける。
ふわりとドレスの裾が揺れた。
「……重心がずれてる」
「…私だって努力して―――きゃっ!?」
くるりと回された瞬間、ヒストリアの身体が宙に浮いたようになった。
セオドールの腕がしっかりと腰を支え、ふっと息が交わる。
「……殿下っ、顔が近いです!」
「教えるには、これくらいの距離が必要だ」
「嘘です!」
「…反論する暇があるなら、リズムを覚えろ」
ヒストリアがむっとして唇を尖らせる。
「…そんな冷たい顔で言われたら、余計集中できません」
「…じゃあ、少し優しく言ってやろうか?」
彼がわざと腰を引き寄せた。
まるで体温が伝わる距離。
息が詰まり、ヒストリアの視線が揺れる。
「…今度は右足を半歩後ろに―――」
胸の鼓動が聞こえそうな距離。
セオドールの表情は変わらないのに、視線だけが妙に熱を帯びていた。
その時、足に衝撃が走る。
「っ、踏みました…!?」
「……お前がな」
「…殿下がリードした方向が変でした」
「変じゃない。おまえの足がついてこないだけだろ」
「……この舞踏会、出る前に言い争いで疲れてしまいそうです」
セオドールが一瞬だけ眉をひそめ、
―――次にふっと笑った。
本当に、ほんの一瞬。
だがヒストリアは見逃さなかった。
(殿下が、笑ってる…)
音楽もない大広間に、二人の足音だけが響いた。
足が交差し倒れそうになると、セオドールの手が彼女の腰を支える。
その度、ヒストリアの心臓が跳ねた。
「……手の力が、強すぎます」
「転ばれたら困るからな」
「…受け身なら取れます」
「その靴でか?」
さらに腰が引き寄せられ、セオドールの声が、より近くなる。
「いいから、俺に体を委ねてろ」
ヒストリアは言葉を失い、視線を逸らした。
その頬が紅く染まる。
大理石の床の上、ゆっくりと、まるで世界が二人だけになったかのように回っていた。
「…殿下、少しだけ、慣れてきたかもしれません。だから手を緩めてください」
「そうか。ならテンポを速くしよう」
「…次に足を踏んだらもうやめます」
「踏ませないようにするから大丈夫だ」
セオドールの声は、楽しそうだった。
そのまま彼が彼女の手を軽く回すと、
ヒストリアのドレスが月光の中でふわりと舞い上がる。
息が触れ合いそうな距離。
一瞬だけ、二人の目が交わった。
セオドールが微笑む。
その表情を見て、ヒストリアの胸の奥に、言葉にならない熱が灯った。




