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20.宴の準備➁


夜の闘技場は、静まり返っていた。

ノルディア城の外側に面しているこの場所には、しばしば雪が降る。

この日も静かに真っ白な雪が舞っていた。


積もる雪に刺さるのは、二本の剣。

雪明かりに反射し、怪しく光る。


カインは肩をすくめながら壁際に寄り、エマは心配そうに、両手を胸の前で組んでいる。


「…カイン様、本当にやるんでしょうか…」


「止めても無駄だ。あの二人は似た者同士だからな」


二人の視線の先にはセオドールとヒストリアが対峙している。


セオドールが先に剣を引き抜いた。

一気に空気が張り詰める。


「条件は覚えているな」


「はい。私が勝てば舞踏会は辞退、負ければ出席します」

ヒストリアも剣を引き抜き、すぐに剣を構えた。


ヒストリアは、エマが用意してくれたブーツに、ウエストコートとトラウザーを身に纏っている。

どこか着なれたその姿は、さすが元騎士だ。


ヒストリアの小柄な体には剣がやや大きく見えるが、しっかりとセオドールを見据えている。

その目には、全く恐れなどなかった。


「…今日は氷の刃ではないのですね」


「…魔法は使わないと言ったからな」




―――始めろ。

セオドールの言葉を合図にヒストリアが先に踏み出した。

雪を蹴る音が静寂に響く。


一閃がセオドールの外套(マント)を掠める。


反動を利用し、彼女が再び斬りかかった。

だが、セオドールは軽やかに身を捻り、その攻撃を受け流す。


次の瞬間、

今度はセオドールが踏み込んだ。


雪と空気まで裂けそうなほどの速さの刃。

ヒストリアが咄嗟に受け止めたが、柄を通して衝撃が伝わってきた。

前に手合わせした時とも、重さがまるで違う。


「…ッ…!」

自分より体が大きい者と剣を合わせるなんていつものことだ。

こんなことで諦めていたら元々騎士などにはなれなかった。



刃が弾かれ、ヒストリアが一歩後退する。


それをセオドールが見逃すはずはなく、

突き、横薙ぎ、切り上げ―――、

攻撃が容赦なく続く。


セオドールの剣は、ひとつひとつが正確で、相手に息つく間を与えなかった。

表情ひとつ変えないセオドールとは対照的に、ヒストリアの息が少しずつ上がり始める。


「…退()け」


「…ハァ…は…ぁ…、退いたら、負けたことになります…ッ」


彼女の赤い瞳が強く光った。

次の瞬間、ヒストリアは滑るように横へ身を翻し、セオドールの斬撃を紙一重でかわす。


そして、剣が弧を描くようにセオドールの肩口を狙った。


金属がぶつかる音が響き、火花が散る。


「…今のは、悪くない」

セオドールの声が低く響く。

その口元には白い息と共にわずかな熱が宿っていた。


その後、一撃、二撃、三撃、呼吸と視線が交錯し、剣筋が舞うように絡み合う。


セオドールは力を抑えつつも容赦なく攻め、ヒストリアは体で受け流す。

鋭い刃の軌跡に光が走り、舞い上がる粉雪が空気の中に溶けていった。


ヒストリアの剣が振るわれれば、セオドールが半歩引き、また半歩進むように攻撃を繰り出す。


二人の足運びは音もなく、雪上にはいくつもの円が描かれた。


勝負が決したのは、一瞬だった。

セオドールの剣が軽く、正確に、ヒストリアの剣を弾き飛ばす。

力任せではない、流れるような一撃。


ヒストリアの持っていた剣が手を離れて(くう)を舞い、それに目をやったところで―――


自身の喉元には、セオドールの剣が突きつけられ、乾いた音を立てた刃が雪の上に落ちた。


「…勝負あり、だな」


「…っ、」


ヒストリアは悔しそうに唇を結び、やがて力を抜くように息を吐く。


「…ハァ…、わかりました。舞踏会に出ればいいんですよね」


セオドールが目を細め、ゆっくりと剣をおろした。


「…正確には少し違う」


「…?」


「俺は、“俺が勝ったら言うとおりにしてもらう”と言ったんだ」


セオドールが淡々と告げる。

雪の闘技場には、息づかいと剣がぶつかり合った余韻だけが残っていた。


ヒストリアは一瞬首を傾げるが、すぐにセオドールの意図を理解する。

目の前の男の深青の瞳が、“それだけでは済まさない”と言っているようだった。


「…っ、殿下、それは卑怯です!」

「言葉を正確に理解できなかったお前の落ち度だ」

「そんなに細かい話までしていませんッ!」

「何とでも言え。俺は確かに伝えた」


セオドールが剣を再び雪の中に突き刺すと、背を向けて歩きだした。


「…ま、待ってください…っ」

ヒストリアが雪を蹴って急いで詰め寄る。

風に(なび)いている外套(マント)の端を掴むと、セオドールが眉間に皺を寄せながら振り返った。


「…なんだ。まだ何かあるのか」


「…き…、期限を決めていません。ずっと殿下の言うとおりにし続けるのは無理があります」


「…そうだな。…では、舞踏会が終わる夜の十二時までだ」


「…わかりました」


元々舞踏会に出るかどうかの話が拗れてこんな勝負をすることになったのだ。

ヒストリアは、この先ずっと言うとおりにしろと言われるよりは妥当な気がした。



そこへ、控えていたカインとエマがようやく近づいてくる。

カインは微笑を浮かべながら手を叩いた。


「お二人とも、見事な勝負でした」



エマはおずおずとヒストリアの元に駆け寄り、青ざめた顔で言った。

「…ひ、ヒストリア様っ、お怪我は…?」

「…ない。心の方は折れそうだけど」


その様子を見ていたカインがニヤリと笑う。

「殿下、口の回し方が上手ですね」


「…褒め言葉として受け取っておく」


「それにしても…、ククッ…口が達者なのはもちろん、剣でも殿下に挑むとは。なんて無謀な姫なんでしょう?」


「…面倒な女だ。あいつのおかげで仕事がどんどん滞る」


「面倒と言う割には、殿下すごく楽しそうですよ」


「…くだらない。戻るぞ」


セオドールはさっさと闘技場をあとにする。

残されたのは呆れた顔の側近と、頭を抱える侍女、そして、真っ青な顔のヒストリアだけだった。



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