17.5.カインの憂鬱
「…で、なぜ私が殿下の扱い方講座を受けているんでしょうか?」
…とある晴れた日の午後、
ヒストリアは眉をひそめながら、カップの中のハーブティーを見つめた。
対面のカインはというと、相変わらず涼しい顔で、椅子の背にもたれている。
「姫には、少し殿下の性格をご理解いただかないと、私の仕事がどんどん増えるのです」
先日も、ヒストリアが部屋を抜け出し闘技場に行ったせいで、夜警の人数を見直さなくてはならなくなった。
「姫はこれまで運よく命拾いされています。この先、殿下に気に入られるコツ―——もとい、怒らせないための基礎知識を学んでいただきます」
「…なんか、真顔で言われるとちょっと不吉なんですけど」
「ははっ…、まぁ聞いてください。まず、殿下は甘いものが嫌いです。理由は単純、甘いと喉が焼けるそうで」
「…そんな理由ですか?」
「そう。あと、無駄話も嫌い、無駄な感情表現も嫌い。…つまり、話しかける時点で命懸けです」
「なんですかそれ」
横から聞いていたノエルが、半ば呆れたように苦笑する。
「殿下は話すより見て察しろ派だからな。…大体、お前だよ。…お前、今後殿下の前で余計な口を聞くなよ?」
本人には言えないが、カインはセオドールがノエルに嫉妬しているのを何度か見ていた。
もし、ノエルが余計なことでも言おうものなら、機嫌が悪くなるのは目に見えていた。
「…カイン様、その説明だと、誰も話しかけられません」
ヒストリアがカップに入ったハーブティーをコクンと一口飲んでそう言う。
「実際にそうなのです。…でもまぁ…“犬”には甘い。」
「「「…犬??」」」
ヒストリアとノエル、それにエマまで声が揃った。
「庭にいる白狼たちのことです。狂暴ですが、殿下の命には従います。そして、殿下は彼らの毛並みを整えるのが趣味なんですよ。無言で、夜な夜な。あれを見た者は全員ちょっと怖がります」
「…確かに、想像したくない光景ですね」
ヒストリアが苦笑いした。
カインが嬉しそうに身を乗り出す。
「ほら、それです。やっと笑った。殿下の前でももう少しそういう顔を見せていただけると」
「…作り笑いはできません。嘘をつくなと言われましたし」
(どっちも頑固だな…)
カインが眉をひそめると、エマが横からクスっと笑いを漏らした。
「カイン様、殿下はヒストリア様と言い争いをなされるとき、いつも少し黙りますよね?あれはなぜですか?」
「お、エマはよく見ているな。あれは怒りが頂点に達した時だ」
「え…、そ…そうなんですか…?」
エマの顔が強張る。
「怒りが頂点に達した殿下は、なんでもすぐに破壊する。少なくとも今までは。姫と話しているときは、怒りを爆発させずに言葉を選んでいるように見えますね。それをやっている時点で、相当な特別扱いだと思います」
ヒストリアは一瞬きょとんとして、すぐに眉をひそめる。
「…それ、皮肉ですか?」
「いえ、半分本気です」
「残りの半分は?」
「おもしろいからですね」
「カイン様は、殿下に長年お仕えしているだけあって、性格がお悪いですね」
「誉め言葉として受け取ります。悪いくらいじゃないとこの仕事は勤まらないもので」
そのとき、ノエルがふと呟いた。
「でも、殿下が本気で笑うとこ、見てみたいっすね」
カインがニヤリと肩をすくめる。
「俺もだ。…そうなったら、このあたりの氷は全部溶けるんじゃないか?」
「それでは、お城の土台が崩れてしまいます。その時は、私が再び雪を降らせてみせますね」
ヒストリアが、いたずらっぽく返した。
カインは、彼女を見つめて笑う。
「…あぁ…、確かに殿下の言う通り口が減らない」
(殿下は、面倒な人を好きになりそうだ…)
―——カインの憂鬱の種だった。




